ワインシュタイン博士の長い一日<1>

オウムが喋った。

オウムなんだから、それは何か喋るだろう、と思われるかもしれない。
しかしワインシュタイン博士が飼っている、今年で30歳になるそのオウムは、なんだか随分とペチャクチャと喋っている。

最初ワインシュタイン博士は、幻聴でも聞こえているのだろう、と思った。
というのは、いつものように博士は朝からワインを飲んでおり、ちょうどその時3本目のボトルを開けようとしていたからだ。

「・・・・博士、博士、これは幻聴ではないよ。もう酒を飲むのをやめてくれないかね?」
とオウムが言っている。
ふだんは「ナンダコノヤロウ!」としか言わないオウムなのに、一体全体どこでそんな言葉を覚えたのだろうか?

「博士、酔いを覚ましてしっかり聞いてほしい。とても重要な事なのだから!」

博士は右手に持っていたワイングラスをテーブルの上に置き、左手で目をゴシゴシと拭き、もう一度しっかりと、オウムのくちばしを見た。
テーブルの上に据えている止まり木にとまっている、オウムがくちばしを開き言った。
「少しは酔いが覚めたかね、ワインシュタイン博士?」

確かに喋っている。
ワインシュタイン博士は乱れた白髪頭を、右手でグシャグシャとかきまわしながらオウムに言った。
「おまえは、なぜそんなに喋っているのかね?・・・そして重要な話とはいったい何だね?」

オウムは止まり木からテーブルの上に飛び降り、トコトコトコと音をたてながらワインシュタイン博士のそばまで近づき、言った。
「そういう約束なんだよ、博士。とても重大な事が起きた時に、僕が喋り人間に警告をあたえるという」

ワインシュタイン博士はオウムが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
そもそも、オウムが筋の通った話なんか、するはずもないのだ。
「約束?警告?いったい何の話なんだね?」

「何も知らないのだね?ずーっとワインなんか飲んでるから、朝からやっているニュースの事も知らないだろう!」
そう言いながらオウムはテーブルの上に置いてある、テレビのリモコンのスイッチを押した。
テレビの画面に人々が慌てふためくスタジオの様子が映し出された。
画面の下には「ニュース速報」というテロップが流れていて、ニュースキャスターが血相を変えながら何か言っている。
一目みて、これはただならぬ事が起きている、という事が分かった。
髪を振り乱しながら、ニュースキャスターが叫んでいた。

「・・・・もう我々人類にはなすすべがないのでしょうか?!今日未明、突如として出現した巨大隕石は、秒速76キロという猛スピードで我々が住むこの地球を目指して突進しています!」

画面が切り替わり、宇宙空間に浮かぶ巨大隕石が映し出された。
まるで灰色のジャガイモのように見える巨大隕石、その表面には、月面のようなクレーターが無数にあり、その巨大さがみて取れた。
それは確かに、ゆっくりと回転をしながらこちらに向かっているようだった。

歯をガチガチと震わせながらニュースキャスターは続けた。
「この巨大隕石は直径が400kmもあり、いままで月のちょうど裏側にあった為、我々はその存在を知る事がなかったのです。それが今、なぜか軌道から外れ、突如として地球の引力に引っ張られ、我々の住むこの地球に向かっています!・・・・・38万キロ先に浮かぶこの隕石は、推定であと8時間で地球に衝突すると見られます!」

すっかりと酔いも覚めたワインシュタイン博士は、言葉を発する事もなくテレビの画面を見つめた。
画面が再び混乱したテレビスタジオに切り替わり、今にも泣き出しそうなニュースキャスターの顔が映し出された。

「天文学者によれば、隕石が地球に衝突すれば、瞬時にして地球表面の約半分は火の玉に包まれ、そして残りの半分も翌日には灼熱の爆発風に覆われ、地球上のあらゆる動植物が焼きつくされる、と見られています。・・・・各国のリーダー、学者、それに軍人が緊急召喚され、対策チームが作られ、対抗策が話し合われていますが、果たして解決策があるのか、現在のところ先行きは全く不透明です」

オウムはリモコンのスイッチを押し、テレビを消した。
「博士、分かったかね?ワインなんか飲んでる場合ではない、という事が」

ワインシュタインは宇宙物理学者なので、状況はよく理解した。

「・・・・隕石があまりに大きいので、たとえ世界中の核ミサイルを打ち込んでも、破壊する事も出来ないだろうし、隕石の軌道を変えるのも無理だろうな」

――――続く

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