電気売りのエレン 第48話 by クレーン謙

戦いは終わった。
僕たちは落雷の塔を破壊し、ゾーラもヴァイーラも倒した。
そう、僕らは世界を救う事ができた。
でも、あまりにも犠牲が多い戦いだった。

漁師たちは殆ど命を落とし、人魚族は僕らを助けるため、身を犠牲にして殆ど全滅してしまった。
仲間になったと思ったマーヤも、自らをウイルスに変化させ、ヴァイーラと共にこの世から消滅した。
マーヤの助けがなければ、僕らはみんな死んでいただろう。
・・・・・・もしかしたら、この世を救ったのは、マーヤなのかもしれない。
マーヤは本当の人間になりたがっていた。
自分の記憶を僕たちの心に残す事が、彼女が人間になれる唯一の方法だったんだ、きっと。
レーチェルは泣きながら僕らに訴えていた。「マーヤは人間よ!」と。

僕たちは壊れかけた船に乗り、島を後にした。
落雷の塔がなくなったので、海には雷が落ちるようになっていた。
じきに、とどろき山にも雷が戻ってくるだろう。

僕らの船は、雷鳴が響き渡る『忘却の海』を抜け、沈みそうになりながらも、二日目の朝、漁師の集落があった海岸へと漂着した。
軍船の攻撃を受け、集落があったはずの海岸線は、焼け野原に変貌していた。
賑わいを見せていた市場も、漁港も、人々も、みんな跡形もなく消えていた。
漁師たちは、その光景を目にして息を詰まらせ、言葉なく、その大地を踏みしめた。

「・・・・おまえ達は、ここに残るのかね?」
フレムが漁師たちに聞いた。

「はい、フレム様。我らは先祖代々、この地に、海の恵みと共に暮らしてきました。
ここの海と大地は、我らの一部です。・・・・他の土地へ移住するなぞ、考えられましょうか?
我らは必ず、ここを復興させます。何十年かかろうと、何百年かかろうと」

漁師たちの決意は揺ぎないもののようだった。
僕だって、とどろき山が焼け焦げたとしても、きっとそこへと戻るだろう。
小さい頃から、慣れ親しんだ故郷なんだから。

僕らがジョーと荷を船から降ろしていると、レーチェルが僕のシャツを引っ張った。
「お兄ちゃん、海から声がするわ」
僕とフレムは荷下ろしの手をとめ、海の方を見ると、波間から人魚の女王が顔を出していた。
フレムは女王の姿を見ると、女王に向かってひざまずいた。
僕もフレムにならって、女王に向かって、ひざまずいた。

女王は穏やかな表情を浮かべながら、海鳥が鳴くような声で僕らに語りかけた。
「偉大なる魔術師、フレム。そして、光の剣士、エレン。あなた方は、伝説通りに敵を倒し、落雷の塔を破壊しましたね。・・・・おかげで、我らが母なる海に、雷が落ちるようになりました。やがては、自然の秩序は徐々に回復されましょう。我ら人魚族は、これからも母なる海
と共に永遠に、生きていく事ができます」

よく見ると、女王の横に大きな二枚貝が、プカリプカリと浮かんでいた。
女王が何か呪文のような言葉を言うと、貝がゆっくりと口を開きはじめた。
そこに、キラキラと七色に光り輝く大きな真珠が入っていた。
女王はその真珠を大事そうに手に取り、僕の側まで泳いできて、僕に手渡した。

「この真珠は、海中の電気を何十年にもわたり、吸収して蓄えています。・・・ヴァイーラの手に渡るのを恐れ、私はこれを深い海に隠していました。
市場で、この真珠はとても高く売れるでしょう。そのお金で、お母さんの為に、いい医者を見つけてあげてください。きっと、それでお母さんの病気は治ります」

そう言い残し、人魚の女王は海の中へと消えていった。
女王の姿が見えなくなっても、フレムはひざまずき、海に向かって頭を垂れ続けた。

手渡された、七色に光り輝く真珠を眺めていると、ジョーが側に寄ってきてた。
ジョーはスッと首を伸ばし、真珠をペロリと舐めた。
するとジョーの体がチカチカ、と輝きだして、頭からツノが伸び始めた。
輝きが収まると、体は大きくなっていないけど、ジョーは再び一角獣の姿に変わっていた。
一角獣は僕たちを見渡し、レイの声で言った。

「エレン、レーチェル、そしてフレム!無事でよかった!君たちは光の剣で落雷の塔を破壊し、ゾーラもヴァイーラも倒したんだね!
マーヤが君たちの味方になるとは、まったく予想外だった・・・・・。
そのおかげで、僕の手助けなしで、君たちは戦いに勝利したんだ!」

「レイ、また声が聞けてよかった。もう会えないかと思ったよ」
と僕が言うと、一角獣はうなだれ、しばらく沈黙してから、僕の目を見た。

「・・・・・・実はというと、君たちと話ができるのはこれが、最後なんだ。
ジョーは三回までしか、一角獣に変身ができないんだ。ジョーが元の馬に戻ると、もう二度と一角獣に変わる事はない。
・・・・でも、僕は君たちの事を見守っているよ。話しはできなくてもね。
いつか僕は、科学者になり、この世界のエネルギー源を補充する方法を見つけ出してみせる!
その頃にはきっと、この世界に侵入する方法を、僕は見つけ出しているだろう。
10年掛かるかもしれない。でも、約束するよ。僕が必ず、君たちの世界を守るから」

まだそんなに時間が経っていないのに、レイの声が次第にかすれてきた。
あまり電気を舐めていなかったからだろう。

「エレン、そしてレーチェル、・・・・最後に君たちに贈り物があるんだ。
ゾーラに殺されてしまった、君たちのお父さんの音声データを復元する事ができたんだ・・・・。
今、・・・・それを聞かせてあげるよ」

一角獣は目をつぶり、しばらく黙っていたけど、口を開いて言葉を発した。

「エレン、レーチェル、元気か?・・・・二人とも無事で、よかった・・・」

聞き取りにくい声だったけど、それは、とても聞き覚えのある懐かしい声。お父さんの声だった!
レーチェルはお父さんの声を聞き、また泣き出してしまった。
一角獣は愛しい人を見つめる目つきで、レーチェルの事を見た。

「相変わらず泣き虫だな、レーチェルは。お父さんが教えた『いにしえの子守唄』で、お前はこの世界を救ったんだ。
エレン、お前は私の形見の剣を使い、落雷の塔を破壊した。
私は、おまえ達の事が誇らしいよ、心から。・・・私の体は、もうこの世に存在していないのかもしれない。
・・・・・でも、私はいつまでも二人の事を見守っている。
困った時は、私を呼ぶといい。・・・・・また、いつかこのように、話しができるかもしれない。
・・・それまで、元気でな。お母さんの事を、よろしく頼む」

その言葉を最後に、一角獣は元のジョーの姿に戻った。
いったい何が起こったのか、という感じでジョーはあたりをキョロキョロと見渡した。
こんどレイと会えるとすれば、僕らが大人になった頃なのだろう。
その頃にはきっとレイは科学者になり、僕らの世界を作っている電気を補充してくれるに違いなかった。

・・・そうだ、とどろき山に帰らないと!お母さんが僕らの帰りを待っている。
市場で真珠を売り、そのお金でいい医者を探すんだ。
女王から貰った真珠を、ポケットにしまい込んでいると、

「・・・・エレン、レーチェル、とどろき山へと帰るのだな。いよいよ、お別れじゃな」
とフレムがポツリと言った。

僕とレーチェルは「えっ」と言い、フレムの事を見た。
「どうして?僕らの村においでよ!僕らの村では、フレムのような魔術師を必要としているよ。きっと、お母さんも喜ぶ!」

フレムは身をかがめ、僕とレーチェルに視線を合わせた。
そして左手で僕とレーチェルの事を、強く抱きしめながら言った。

「ワシは一人きりになりたいのじゃよ。ワシは『予言の書』に記された天命とも言える役割を、果たす事ができた。
ワシももう年だ。もう、そんなに長くは生きぬであろう。
・・・ワシは、人生の最後に、お前たちが救った世界を、この目で見て回りたいのだ。この世界はきっと、広くて美しい。
お前たちに出会えたのは、ワシの何よりの誇りだ。お前たちの事を忘れる事は、ないだろう」

僕は泣き出しそうなのをこらえながら、フレムに言った。
「フレム、ひとつだけお願いがある。フレムの魔術で、レイの事を助けてあげてほしいんだ。
あのままだと、レイは学校にも行けない!
そうすると、レイは科学者になれないし、僕らの世界を守る事もできなくなってしまう。
せめて、レイが学校へ行けるように魔術をかけてあげてほしいんだ!」

フレムは、今まで見せた事がないような優しい目つきで、僕の事を見ながら答えた。
「・・・・エレン、ワシの魔術はこの世界でしか通用せぬ。魔術で、レイの住む世界に影響を与える事はできぬのだよ」

「いや、そんな事はない!フレムは最強の魔術師だ!きっと、できる!」

フレムはニコリと微笑みながら、立ち上がった。
「分かった。やってみよう。おそらく、これがワシが使う最後の魔術となるであろう・・・・」
フレムは目を固く閉じ、いにしえの言葉を力強く唱え始めた。
気のせいか、周りの空気が少しユラリ、と揺らいだような気もする。
唱え終えると、フレムは目を開き北の方を指差した。

「エレン、お前たちの故郷、とどろき山が向こうに見える。あの道を、北へ北へと進みなされ。
気をつけてな。途中でオオカミがいるかもしれぬ。・・・・さあ、行きなさい。
大丈夫じゃ。・・・・レイは学校に行けるようになり、いずれは優秀な科学者となり、この世界を守ってくれるであろう」

僕たちは、漁師たちとフレムに最後の別れを告げた。
漁師たちが用意してくれた鞍をジョーの背中にのせ、僕とレーチェルはそれに跨った。
そして、ジョーに北に向かうように言った。
ジョーは、勢い良くパカッパカッと蹄の音を響かせながら、北へ向かう一本道を進み始めた。
ジョーがこれだけ元気だと、きっと2日もあればとどろき山に着くだろう。

泣いてしまうのは分かっていたので、僕は後ろを振り返らなかった。
フレムはきっと僕らの事を、姿が見えなくなるまで、見送っているに違いなかった。
レーチェルは僕の背中にしがみつき、涙で、すでに顔がびしょ濡れになっている。

僕はジョーの背中に揺られながら、頭上の青空や、行く手に広がる森や山々を見た。
僕たちの住むこの世界は、レイがもっている、手のひら程の大きさの機械の中にある、という。
それはきっと、落としてたら消えて無くなってしまうような、危うく脆い世界なのだろう。
・・・・でも、君たちの世界だって、そうかもしれないだろ?
しかし、僕たちは確かに、この世界で『生きて』いる。それは確かな事だ。

僕の名前はエレン。
電気売りだ。
きっといつか、君たちと、どこかで会える。

――――続く

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