なにわぶし論語論第26回「妻わす可きなり」優秀な弟子は親戚に?

「子 公冶長を謂う。妻(めあ)わす可きなり。縲絏(るいせつ)の中に在りと雖(いえど)も、その罪に非ざるなり、と。その子を以(も)って之に妻わす。」 (公冶長 一)

――――子は公冶長についてこう言われた。(私の娘と)結婚させて良い。かつて牢に入れられたとは言っても、本人の罪ではなかった(冤罪だった)。そして、(公冶長と)自分の娘を結婚させた――――

孔子は、「あいつは前科者だ」という人の噂や世間体などには囚われず、その人の人間性をきちんと見極めて判断する。偉いなあ、というのがこの説の趣旨であろう。
公冶長という人は、鳥の話が理解できたとかなんとか、超人的な伝説のある人らしい。まあ、そういう伝説ができるほど優秀な人だったのだろう。あるいは、常識にとらわれないで、ちょっと人とは変わったものの考え方をする人だったのかもしれない。
まあ、そういうことはここの話にはあまり関係ない。面白いのは、ここでは「孔子は公冶長を高く評価した」とか「孔子は公冶長の能力を見抜いた」とかいう説明は全くなく、「その子を以って之に妻わす」とだけ書いてあることだ。
当時は封建の世の中だから、優秀な人物、有力な人物と姻戚関係を結ぶということはとても重要だったのだろう。自分の娘と結婚させたということは、自分の義理の息子にしたということだ。このことから、公冶長という人は、孔子からは最高レベルの評価を受けた人だったと思われるのだが、その割に、論語の中ではここ以外には登場しないのが不思議である。

ちなみに、この次の節では、孔子が南容という弟子を褒めて、自分の姪と結婚させたという話が書かれている。
南容については、「邦に道有るとき、廃されず。邦に道無きときも、刑戮に免る」(国政が安定しているとき、相応の地位につき、国政が乱れた時も、悪事に手を染めて罰せられるようなことはなかった。)(公冶長 二)、「白圭を三復す」(白圭の詩を何度も読んで勉強していた)(先進 六)など、具体的に高く評価する記述が論語の中にある。

ひょっとして、孔子の娘が「わたし、公冶長さんと結婚できなければ死にます!」とか騒いだので、孔子も仕方なく、「まあ、犯罪者ではないようだし・・・」と言って、しぶしぶ結婚を認めたのだろうか。想像すると、可笑しい。

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