将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第45回

対局開始から約四十分がすぎた。
アサ子は大きなコマ得をいかし、危なげなく敵の王を討ち取った。トモアキと目が合うとにこっとした。自分はやった、あとはたのんだよ、ってとこだろう。

ギャラリーに加え、勝負のついた両チームの選手たちも、席を立って、大将戦と副将戦を見守っている。
思わぬ二敗目を喫し、トモアキの相手は目の色が変わってきた。上半身をかたむけ、怒ったような顔で盤をにらみすえると、えいやとばかり、角を切った。自陣に金を打ち、トモアキの攻めをはじき返す。負けるものか、という根性の入った手だ。
持時間の残りはトモアキが五分、相手は七分。トモアキにはもう勝ってるか負けてるかわからない。いや少し悪くなったような気もする。
そのとき、妙なことが起きた。
静かに見ていなければならないはずのまわりが、少しざわざわし始めたのだ。だれかが「時間が……」とささやくのが聞こえた。
そしてカズオの声がした。
「負けました」
信じられない思いでふりむいたトモアキは、意外な盤面を見た。将棋は終わっていなかった。壮絶な終盤戦の真っ最中だ。
カズオの負けは時間切れ負けだった。
そんな。
二対二。これですべてはトモアキにかかってきた。
残り時間も少ないから指し手は早い。攻めては受け、受けては攻める。とにかく穴グマを崩さなければ勝負にならない。トモアキは桂をすて、飛車も角も切って敵の王を隅からひきずり出した。
勝ったか? ひざがふるえた。
相手はコマ音高く角を打ってきた。守りにも効かしながら即詰みの反撃をねらっている。いい手を指された、とトモアキは思った。詰みがなければ敵の王の逃げ道をふさいで勝てそうだが、自玉に詰みがあるか読み切れない。トモアキは守った。
その瞬間、勝利の女神はトモアキのもとを離れた。敵の王は早逃げし、トモアキの包囲網をするりとぬけて、もう捕まらなかった。
トモアキは頭を下げた。相手は返礼し、それから見守るチームメイトに小さなガッツポーズを見せた。

――――続く

☆     ☆     ☆     ☆

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


トップへ戻る