【 今朝は何日目か 】
その朝ほど、私の人生にとって奇怪な環境の朝の目覚めはかつてなかった、と言っても決して過言ではない。異国であり、貞子以外は全く会話ができない画家たちの巣窟で迎えた朝だった。6時過ぎだということはわかっていたが、薄暗い倉庫アトリエには、朝の気配など全くなかった。12月のパリでは、お日様が顔を出すのは8時ごろなので、まだ2時間も先のことだ。
「とんでもない遠征になってしまったな」と苦笑した。しばしボーッと倉庫内の薄暗い虚空を見つめ、ふと「今朝はパリに来て何日目の朝だっけ?」と思った。すぐにわからなくて微妙に焦った気分になった。こういうのはしっかりと把握しておかないと、帰りの飛行機に乗れないことになってしまう。そんなことになったら大変だ。なんのフォローもない最悪のツアーなので、帰りのスケジュールは自分でしっかりと頭にたたきこんでおかなくてはならない。
ところがその頭ときたら……私は自分の額を拳で軽くトントンと叩いた。今朝は微妙に頭痛が残っている。やばいなぁ。昨夜は「デッサンしながら樽ワインを飲む」なんてロートレックまがいの酒場があまりにも楽しくて、ワインを飲みすぎたからだ。いや昨夜だけじゃない。こっちに来てからというもの、あちこちでワインを飲みまくっているような気がする。血液まで赤ワインになってしまったような気分だ。
「どのワインもうまかったな」と思わずニヤニヤし、「馬鹿なヤツ。そんなことでニヤけている場合か」と自分に呆れた。
さて今朝はパリに来て何日目の朝か。
手帳を出してちゃんと調べ、パリに来て6日目の朝だとわかった。明日の朝、つまり7日目の朝はホテルで普通に目覚めてシャワーを浴びたいものだと思った。そして明後日の朝、8日目の朝にはシャルル・ド・ゴール空港に向かわねばならない。
「パリ10日間ツアー」と聞けば、大抵の人は「パリのホテルで9泊」と思うに違いない。私もそうだった。しかし実際はそうではない。より正確に表現するならば「パリに滞在する10日間」ではなく「パリに行って帰ってくる10日間」ということなのだ。つまり往復の機内泊(2泊)が9泊の中に入ってくる。したがってホテルでの宿泊は7泊なのだ。
「しっかりしろよ」
私は自分に向かってつぶやいた。
「ちゃんと帰国するぞ」
当たり前のことだが、そのように自分を戒めなければならないほど、ここでの体験は魅力的だった。
【 中庭の温室 】
ふと倉庫から外に出たくなった。外はまだ真っ暗だろうが、そのうちに夜明けの色となっていくに違いない。
たぶん貞子はまだ爆睡中だろう。
マイベッドはそのままの位置に置いておき、あちこちのドアを調べた。数人の画家たちが私を見てニヤッと笑ったが、(幸いというか)特に話しかけてくるようなことはなかった。なんとなくだが、みなボンヤリしているような雰囲気だった。ここの画家たちはみな(夜に騒ぎまくるせいか)朝に弱いのかもしれない。あるいはフランス人特有の個人主義で、見慣れないヤツがなにをしていようが、気に止めるような神経は持ち合わせていないのかもしれない。
中庭に出るドアを見つけた。外に出ると(予想どおり)まだ真っ暗だったが、幸いというかさほど厳しい寒さではなかった。
ガス燈の時代からここに立っていたのかもしれないと思うようなアンティークな街灯が1本、ヒョロッと立っている。中庭なんだから正確には「街灯」ではなく「中庭灯」だ。そのほのかな灯りのおかげで、中庭の様子はなんとなくわかった。細長い長方形で、ざっと5m・10m。枯れ草ぼうぼうの荒れ放題だったが、その一角に、倉庫の石壁に寄り添うようにして小さな温室が立っていた。貧乏画家の誰かが野菜でもつくっているのかもしれない。近づいてみると、南京錠がかかっていた。
中庭の温室に南京錠?
「用心深いことだな」と思いつつ倉庫のドアに引き返そうとしたら、そのドアが開いてひとりの男が外に出てきた。栗色の短髪、ギョロッとした大きな目が印象的な痩せた男だった。かなり背が高い。180cmはありそうだ。一見してエゴン・シーレが描いた人物を連想した。
エゴン・シーレ(1890 – 1918)はご存じだろうか。フランスではなくオーストリアの画家である。第1次大戦前夜のキナ臭い時代を生き、24歳で戦争に駆り出された。戦争からは生きて戻ったものの、その当時に猛威をふるっていた「スペイン風邪」の犠牲となり、28歳でこの世を去った。誠に気の毒な短命の画家だが、強烈な印象の人物画を残した。ギョロッとした目、ねじ曲がったような奇妙なポーズ。
そこでここではこの男をシーレと呼ぶことにしたい。

シーレは中庭に出るとまっすぐに温室に向かって歩いてきた。この温室の管理者かもしれない。私は少しわきに寄って男を通そうとしたのだが、シーレは普通に話しかけてきた。
「さて困ったことになった」と私は思った。仕方がないので片言の英語で「私は日本人だ。フランス語は話せない。貞子の友人だ」と伝えた。
シーレはギョロッとした目で私を見ていたが、敵意は持っていないようだった。フンフンとうなずきながら私の英語を聞いていたが、温室に向かって歩き始め、私に向かって手招きした。どうやら「ついてこい」といった感じだった。
一瞬、ちゅうちょしたが、ついていくことにした。温室の中を見せてくれるのかもしれないと思った。
【 つづく 】

