善住比丘と別れてから、
数日が過ぎていた。
善財は、
山道を南へ歩き続けていた。
空は高い。
風は穏やかだ。
だが。
善財の胸の中には、
妙な引っかかりが残っていた。
――勝熱バラモン。
善住比丘が最後に口にした、
次なる善知識の名である。
しかも。
『少々暑苦しい』
『火が好き』
あまりにも嫌な予告だった。
善財はため息をつく。
「次こそは……
もう少し普通の人だといいんだけどな」
しかし残念ながら、
ここまで一人もいなかった。
徳雲比丘は、
世界中を同時に見ていた。
海雲比丘は、
海そのものと繋がっていた。
善住比丘は、
空を歩いていた。
もはや基準が分からない。
善財は疲れた顔で山道を進む。
すると。
少しずつ、
空気が変わり始めた。
熱い。
最初は気のせいかと思った。
だが進むにつれ、
明らかに暑くなっていく。
風が乾いている。
地面も熱を帯びていた。
善財は額の汗をぬぐう。
「何だこれ……」
さらに進む。
すると。
遠くの空が、
赤く染まっているのが見えた。
夕焼けではない。
煙だ。
善財は立ち止まる。
嫌な予感しかしなかった。
だが、
ここまで来て引き返すわけにもいかない。
善財は覚悟を決め、
熱気の向こうへ進んでいく。
やがて。
山を越えた瞬間だった。
善財は絶句した。
「……は?」
巨大な炎が、
燃えていた。
山ほどもある火柱。
轟々と燃え上がる業火。
熱風が吹き荒れ、
空気そのものが揺らいでいる。
しかも。
その炎の周囲には、
無数の刃が突き立っていた。
刀。
槍。
剣。
鋭利な刃物が、
山のように積み重なっている。
まるで地獄だった。
善財は顔を引きつらせる。
「何だよこれ……」
その時だった。
炎の向こうで、
誰かが笑った。

豪快な笑い声だった。
「はっはっはっは!!」
炎が揺れる。
その中から、
巨大な人影が現れた。
長い髪。
燃えるような眼。
褐色の肌。
全身に熱気をまとった男。
男は、
炎を背負うように立ち、
楽しそうに善財を見下ろしていた。
「来たか!!
善財童子!!」
声がデカい。
善財は思わず後退る。
男は立ち上がった。
でかい。
善財より頭二つは大きい。
しかも筋骨隆々である。
どう見ても修行者というより、
山賊の親玉だった。
男は胸を叩いた。
「我が名は勝熱!!」
炎が爆ぜる。
熱風が吹き荒れる。
「人はワシを、
“勝熱バラモン”と呼ぶ!!」
善財は、
嫌な汗を流していた。
本能が叫んでいる。
(ヤバい)
この人は。
今までで一番ヤバい。
勝熱バラモンは、
豪快に腕を組んだ。
その背後では、
巨大な炎が唸りを上げている。
熱い。
立っているだけで、
肌が焼けそうだった。
善財は思わず訊く。
「ええと……
その炎、
何なんですか?」
勝熱バラモンは、
当然のように答えた。
「煩悩を焼く炎よ!!」
炎が爆ぜる。
善財はびくっと肩を震わせた。
勝熱バラモンは、
満足そうに頷く。
「人は皆、
余計なものを抱えすぎておる!」
どん。
自分の胸を叩く。
「恐れ!」
どん。
「執着!」
どん。
「思い上がり!」
どん!!
そのたびに、
炎が大きく揺れた。
善財は若干引いていた。
声量がおかしい。
勝熱バラモンは、
刀の山を指差した。
「見えるか!!
あの刃の山が!!」
「はい……」
「その上を越え、
炎へ飛び込め!!」

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