見ごたえがある日本映画「戦争前夜」

太平洋戦争をどう終結させたかについては、「日本のいちばん長い日」(1967)を始めとして幾つか映画はある。しかし、考えて見れば同じように大事な、いや、もっと大事な、日米開戦がどう決定されたかというテーマについては、これまで映画で描かれたことはなかったと思う。

「開戦前夜」監督:石井裕也 出演:池松壮亮 仲野太賀 岩田剛典ほか

「開戦前夜」監督:石井裕也 出演:池松壮亮 仲野太賀 岩田剛典ほか

現在公開中の「開戦前夜」は、昨年夏NHKで放映されたドラマに、40分のシーンを加えて製作された映画だ。この映画を8月上旬に見たが、休日であったとは言え、劇場は満席だった。(内容と共に、出演する池松壮亮、仲野太賀が現在放映中の「豊臣兄弟」の兄弟役ということで、話題を呼んでいるのかもしれない)。

猪瀬直樹のノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」が原作。石井裕也脚本・監督。冒頭、実話を基にした作品と出る。
昭和16年8月、日米開戦を前に、優秀な若手の官僚、軍人、民間の研究者らが首相の直轄機関「総力戦研究所」に集められ日本がアメリカと戦った場合のシュミレーションを行う(2024年のドラマ「虎に翼」で初めてこの機関の存在を知った)。

民間出身の宇治田洋一(池松壮亮)を模擬内閣のまとめ役首相として、開戦か和平か、国家資料を分析しつつ議論をしていく。映画はまず、そのプロセスが面白い。アメリカから石油の禁輸にあうが、南方に進出すれば確保できると軍人は主張するが(それさえ、侵略なのだが)、一方で、タンカーが無くなり日本に持ってこられないと反論する者もいる。
最終的に、日本とアメリカの国力の差は「1対12」であり、日本は必ず負ける、「必敗」と結論付ける。軍人さえも負ける、と判断するのだ。
軍部も負けると判っているが、大和魂で戦えば勝つと精神論を持ちだす。軍部から、「お前らは研究ごっこ」と言われるが、宇治田は「あなたちこそ、戦争ごっこだ。毎年沈められる120万トンの船の上には死んでしまう人がいるんですよ」と、絞り出すように血の通った言葉で言い返す。

ラスト30分は特に面白い。知らなかったことがどんどん描かれる。研究結果を伝える会議も緊迫感がある。「必敗」と聞いた近衛文麿首相が、動揺もせず、無表情無言で、席を立つ。
その内容を、誰が天皇に伝えるかでまた問題になる。その役が東条英機に回ってくる。東条も本当は戦争を避けたいのだが、世間は戦争賛成の雰囲気になっている。マスコミも煽っている。指導者は世の中の「空気」に流されてしまう。また、アメリカとの和平を選べば、これまでの外国での権益を失うことになる。天皇自身は戦争を回避したい気持ちはあるのだが…そういう風に、この映画は描いている。

俳優が豪華。演技力がある人ばかり。公家出身の近衛文麿首相を北村有起哉が演じ、ふわふわっとして、成程こんな人物だったのだろう、と思わされる。東条英樹は佐藤浩市が熱演し、これも中々存在感がある。天皇を松田龍平が演じていたのにはビックリ。
演出は正攻法。カラー画面が時折、「モノクロ」になる。宇治田には弟がいて(杉田雷鱗)、赤紙が来て出征し、戦場で突撃するシーンもあり、それはモノクロだ。

この映画、國村準扮する研究所所長が正しく描かれず、故人の名誉が傷つけられたと、孫が訴訟を起こしている。見た限りでは、名前も違っているし、こんな人物もいただろうなあと思う程度で、ことさらこの人物がヒドイとは思わなかったが。

さて、東条英樹の人物像である。我が信頼する脚本家笠原和夫(「仁義なき戦い」等)にインタビューした「昭和の劇」(名著!)によれば、人間的には非常に真面目な人である、しかし、天皇に帰依しているから庶民からの視点がない。天皇には失望してしまい、東京裁判の後、「天皇陛下万歳!」ではなく、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えて仏を信じて死んでいったと、興味ある発言をしている。

「太陽」監督:アレクサンドル・ソクーロフ 出演:イッセー尾形 桃井かおり 佐野史郎ほか

「太陽」監督:アレクサンドル・ソクーロフ 出演:イッセー尾形 桃井かおり 佐野史郎ほか

好きな映画をもう一本! 昭和天皇は映画にはあまり登場していない。その中で、敗戦前後の天皇を描く映画としては、ソクーロフというロシアの監督が描いた「太陽」(2006)の天皇が、実像に近いのではないか。イッセー尾形が昭和天皇を演じている。

家族を疎開させ、皇居の地下壕で生活しながら、大臣を集めての会議に出たり、海洋生物の研究をしたり、戦後、GHQの司令官マッカーサーに会ったりする。その会見で、二人の会話が噛み合ったり噛み合わなかったりするところが特に面白い。イッセーの、「あっ、そう」という言葉を発する演技が上手い。

(by 新村豊三)

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