【善財くんがゆく!】第十話 善財くん、炎へ飛び込めと言われる:第四の善知識・勝熱バラモン (2)

善財は固まった。

数秒後。

「……はい?」

勝熱バラモンは笑う。

「飛び込めと言ったのだ!!」

「いやいやいや!!」

善財は全力で首を振った。

「死にますよね!?」

「死なん!!」

「絶対死ぬやつですよね!?」

勝熱バラモンは豪快に笑う。

「はっはっは!!
皆そう言う!!」

善財は刀山を見た。

無理である。

どう見ても無理だった。

刃は鋭利だし、
炎は巨大だし、
そもそも熱風だけで危険だった。

善財は後退る。

「いや……
これはちょっと……」

勝熱バラモンは首をかしげた。

「何を恐れる」

「いや全部ですけど!?」

勝熱バラモンは、
少し不思議そうな顔をした。

「善住のところから来たのじゃろ?」

「来ましたけど!?」

「ならば、
境界を越えることの意味も、
少しは分かったはず」

善財は一瞬黙る。

だが。

「それとこれとは別です!!」

勝熱バラモンは、
しばらく善財を見つめていた。

そして。

静かに言った。

「……まだ、
自分を守ろうとしておるな」

善財は息を呑む。

その瞬間。

炎の熱とは別の何かが、
胸へ刺さった気がした。

だが次の瞬間。

理性が全力で叫ぶ。

(いやいやいや!!)

無理だ。

これは無理である。

善財は後退った。

さらに後退る。

「すみません!!」

勝熱バラモンは黙っている。

善財は半泣きだった。

「これ、
絶対仏教じゃないですよね!?」

炎が唸る。

刀山が赤く光る。

善財は叫んだ。

「こんなの、
どう考えても悪魔とかそっち系でしょう!!」

その瞬間だった。

空が、
震えた。

空気が揺らぐ。

熱風が渦を巻く。

そして。

空の遥か上から、
声が響いた。

「逃げるな、善財童子」

善財は飛び上がる。

「うわっ!?」

空を見上げる。

そこには。

巨大な光の人影が浮かんでいた。

黄金色の衣。

静かな光輪。

人間とは思えぬほど穏やかな顔。

善財は目を見開く。

「誰ですか!?」

光の人影は、
静かに答えた。

「我は梵天」

その瞬間。

周囲の空気が変わった。

空そのものが、
厳かな響きを帯びる。

善財は息を呑んだ。

(なんか……
めちゃくちゃ偉そうなの来た……)

梵天は、
そんな善財を見下ろしながら言った。

「だが、
お前の恐れは理解できる」

善財は少しだけ安心した。

分かってくれる人がいた。

しかし。

次の言葉で、
その希望は砕け散った。

「我らも、
最初は同じだった」

「え?」

梵天は静かに続ける。

「かつて我らは、
自らこそ宇宙で最も尊い存在だと思っていた」

善財は瞬きをする。

「いや……
実際かなり偉いんじゃ……」

「思い上がりだ」

梵天は即答した。

善財は黙る。

梵天の背後で、
無数の光が現れ始めていた。

天人。

神々。

様々な姿の存在たち。

空を埋め尽くすほどの数だった。

その中の一柱が、
静かに口を開く。

「我もまた、
勝熱の炎に焼かれた」

別の声。

「我も」

さらに別の声。

「我らもまた――」

その瞬間。

空のあらゆる方向から、
声が響き始めた。

「我も」

「我らも」

「皆、
あの炎を恐れた」

「悪魔だと思った」

「逃げ出そうとした」

善財は呆然としていた。

声はさらに増えていく。

天。

風。

雲。

山。

炎。

世界そのものが、
語り始めたかのようだった。

すると。

黒い影が、
空の一角に現れる。

巨大な翼。

鋭い眼。

恐ろしい気配。

善財は思わず後退った。

「うわっ!?」

だがその存在も、
静かに言った。

「我もまた、
勝熱に焼かれた」

善財は固まる。

「えっ」

「我は魔王」

「魔王!?」

善財は叫んだ。

魔王は静かに頷く。

「かつて我は、
己こそ世界の中心だと思っていた」

炎が揺れる。

「だが、
勝熱の炎は、
その傲慢を焼き払った」

さらに。

空の下方で、
巨大な龍が現れる。

善住比丘の時に見たものより、
さらに巨大だった。

龍王である。

その龍もまた、
静かに言う。

「我もまた、
あの炎に飛び込んだ」

善財はもう訳が分からなかった。

神も。

魔王も。

龍王も。

全員、
焼かれていた。

勝熱バラモンは、
炎の前で腕を組んだまま、
静かに立っている。

その姿は、
先ほどまでより遥かに大きく見えた。

善財は、
喉を鳴らした。

(何なんだ……
この人……)

熱風が吹き荒れる。

炎はなおも、
轟々と燃え続けていた。

だが先ほどまでと違い、
善財には、
その炎が少しだけ違って見え始めていた。

恐ろしい。

それは変わらない。

だが。

ただ“破壊するための炎”では、
ないのかもしれない。

善財は、
ゆっくり勝熱バラモンを見る。

勝熱バラモンは、
黙って善財を見返していた。

先ほどのような威圧感は、
不思議と少し薄れている。

いや。

違う。

善財の方が、
少しだけ落ち着いたのだ。

梵天が静かに言った。

「善財童子」

善財は空を見上げる。

「お前は今、
“自分が壊れる”ことを恐れている」

善財は言葉に詰まった。

図星だった。

梵天は続ける。

「我らもそうだった」

空に浮かぶ無数の存在たちが、
静かに頷く。

「神である自分」

「魔王である自分」

「強者である自分」

「正しい者である自分」

「特別である自分」

声が重なる。

「その姿へ執着していた」

熱風が吹く。

「だから、
炎を恐れた」

善財は、
刀山を見つめた。

鋭い刃。

燃え盛る炎。

本能が叫ぶ。

逃げろ、と。

だが。

善財は思い出していた。

徳雲比丘。

海雲比丘。

善住比丘。

皆、
少しずつ同じことを言っていた。

世界は広い。

繋がっている。

境界は無い。

ならば――

“自分だけを守る壁”も、
本当は存在しないのかもしれない。

善財は、
ゆっくり息を吸った。

怖い。

今でも怖い。

だが。

それ以上に。

ここで逃げたら、
一生分からない気がした。

善財は、
勝熱バラモンへ向き直る。

そして深く頭を下げた。

「……疑って、
すみませんでした」


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