【善財くんがゆく!】第七話 善財くん、世界の広さを知る:第一の善知識・徳雲比丘 (1)

善財は南へ向かって歩き続けた。

町を離れるにつれ、
道は細く、空気は静かになっていく。

人の声よりも、
風に揺れる草木の音の方が大きかった。

文殊菩薩の言葉を、
善財は何度も思い返していた。

――南へ行きなさい。

――妙峰山へ行きなさい。

――そこに徳雲という修行者がいる。

(妙峰山……)

善財は遠くの山並みを見上げた。

その中のどれかが、
きっとそうなのだろう。

数日後。

麓の村で道を尋ねると、
老人が山を指さした。

「ああ、妙峰山ならあれだ」

ひときわ高い山だった。

雲の中ほどまで突き刺さるようにそびえ、
山肌は深い緑に覆われている。

善財は礼を言い、
そのまま山道を登り始めた。

胸は高鳴っていた。

文殊菩薩が自ら名を挙げた人物だ。

きっと、
とてつもない修行者に違いない。

だが――

見つからない。

山道を登っても見つからない。

岩場を越えても見つからない。

谷へ降りても見つからない。

小さな庵はいくつもあった。

薪を割る老人もいた。

畑を耕す女もいた。

木陰で昼寝をしている旅人までいた。

だが、
「徳雲」という名を知る者はいなかった。

「さあなあ」

「聞いたこともない」

「そんな坊さんいたか?」

返ってくるのは、
そんな答えばかりだった。

善財は首をひねった。

(おかしいな……)

文殊菩薩が、
間違えるはずがない。

ならば、
自分の探し方が悪いのだろうか。

善財はさらに山を探し回った。

東へ。

西へ。

南へ。

北へ。

尾根を越え、
沢を渡り、
時には道のない斜面まで登った。

だが、やはりいない。

日が暮れた。

翌日も探した。

それでも見つからなかった。

三日目には、
さすがに不安になり始めた。

(オレ、
何か勘違いしてるんじゃないか……?)

五日目には、
半ば意地になっていた。

山頂近くまで登り、
息を切らしながら周囲を見渡す。

雲。

岩。

木々。

鳥の声。

それだけだった。

七日目。

善財は、
小さな山道の脇に座り込んでいた。

足は痛み、
喉は乾き、
頭もぼんやりしている。

もう、
どこを探したのかも曖昧だった。

風が吹いた。

木々がざわめく。

善財は力なく空を見上げた。

(……分からない)

そのときだった。

「何を探しておる」

すぐ後ろで、
声がした。

善財は飛び起きるように振り返った。

そこには、
ひとりの老いた修行者が立っていた。

粗末な衣。

伸び放題の髪と髭。

山の老人にしか見えない。

だが――
眼だけが妙だった。

まるで、
夜空そのものが覗いているようだった。

善財は思わず息を呑む。

老人は善財を見ている。

いや。

“善財だけを見ている”ようには見えなかった。

まるで、
遥か遠くの何かを同時に眺めながら、
ついでのようにこちらへ視線を向けている。

そんな奇妙な目だった。

「おぬし、
さっきから妙峰山じゅうをぐるぐる回っておったな」

老人は言った。

「え……あ、はい!」

善財は慌てて立ち上がる。

「徳雲比丘という方を探しているんです!」

老人は少し黙った。

それから、
妙に困ったような顔をした。

「ああ。
それ、ワシだ」

善財は固まった。


☆     ☆     ☆     ☆

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