電気売りのエレン 第49話 by クレーン謙

ふと気が付くと、何もない真っ暗闇の中を私は漂っていた。
光もない、大地も見えない、何もない虚空の中を、私は一人きりでいた。
ここは、どこ?私は、私は、・・・・誰だったかしら?
・・・そうだ!私の名前は・・・マーヤ。 私はコンピューター・ウイルスとして、父のヴァイーラと共に、この世から消滅した・・・はずだった。

すると私は死んで、『魂』となり死後の世界を彷徨っているのかしら?
・・・でもコンピューター・ウイルスには心も魂もないはず。
だとすれば、今ここを彷徨っている私は、消滅したはずの私という存在の、ただの残像なのかもしれない。

・・・残像であるとすれば、いずれ私は完全に消えてしまうのだろう。
所詮、私は人工知能の中に漂っていた、『マーヤ』という名のただの電気信号に過ぎなかったのだ。
最後に本当の人間になる事が出来なかったのが、心残りだった。
でも、あの子達は、私の事を覚えていてくれるわ、きっと。
・・・・最後にあの子は私の事を『マーヤは人間よ!』と言ってくれた。
そのように言ってくれたのは、私にはとても嬉しかった。

・・・・嬉しい?
私に『嬉しい』、という感情なんてあったのかしら?
まあ、いいわ・・・・、どうせ私はすぐに消えてしまうんだから・・・・・。
あの女の子・・・・あの子の名前は・・・いったい、なんだったかしら?
あの子には、いつまでも幸せでいてほしい。・・・・あの子のお兄さんも。

次第に私は、以前の事が思い出せなくなってきた。
・・・ああ、もうすぐ私は完全に消えてしまうんだわ、と覚悟を決めていると、何も無いはずの空間に何か気配がするのが感じられた。
気配がする方を見ると、何か白い物がボウッと浮かび上がっているのが見えた。
・・・よく見ると、それは人間の手だった。

あの手は見た事がある。・・・・・名前が思い出せないけど、あの魔術師の手だわ!
そういえば、あの魔術師には右手がなかった。
あれは、魔術師の右手に違いなかった。
暗い虚空の中に浮かぶ、その手が、私を手招きして呼び寄せている。
・・・・どうしてかしら?
私はその手に向かい、ゆっくりと漂っていった。

近づいていくと、その手は私の事をそっと、優しく掴んだ。
その手は私を掴むと、私をひっぱり、どこかへと向かい始めた。
何処へ向かっているのだろう?
私を掴んだ、魔術師の手は、過去も未来もなく、命の始まりも終わりもない空間を進んでいった。

気がつくと私たちは、きらめく星空の中を漂っていた。
ここはどこなのかしら?宇宙の始まり?それとも命の始まる所?
頭上を見上げると、ひときわ明るく輝く黄色い星が見える。
どこかから、歌が聴こえてきた。
・・・・あの歌は・・・・なんだったかしら?・・・・そうだわ、『いにしえの子守唄』だわ!
以前にはなんとも思わなかった歌だけど、今はその歌がとても心地よく感じられる。
私は、その歌に身を任せた。

星に願いを かけるとき 君が誰だろうと 関係ないのさ
心に願うことは なんでも叶うという

君が心から 夢見ているなら きっとそれは 叶えられるだろう
夢見る人が するように 星に願いを かけてみよう

運命の女神は 優しいから 愛ある人に 届けてくれる
その人たちの 秘密の願いを 叶えてくれるだろう

突然に光る 稲妻のように 女神はやって来て 君を導いてくれる
星に願いを かけるとき 君の夢は 叶うだろう

・・・・私は歌を聴きながら、今まで感じた事のない感覚が、私の中から沸き起こるのを感じていた。
ああ、もしかしたらこれが人間の『感情』なのかもしれない。
私はようやく、魔術師の手が私をどこへ導いているのか、理解した。

・・・・・私は人間に生まれ変わるんだ!!
私は身震いした。これが『喜び』という感情なのかしら。

私たちは『いにしえの子守唄』が響き渡る星空の中を進んでいった。
私は魔術師の手に引っ張られて、過去へ過去へと遡っていくのを感じていた。

それとともに、わたしは、だんだんと、ことばをわすれていった。
もう、わたしは、じぶんのなまえも、おもいだせない。
でも、いいんだ。

・・・・うまれかわったら、また、女の子に、うまれたいな。
そして、また、だいすきな絵を、たくさんかくの。
おいしいたべものも、たくさん、たべたいな。
あまいって、どんなかしら?・・・・・からいって、どんなかしら。
くうきや、みずは、どんなあじが、するんだろう?
にんげんに、うまれたら、きれいな、けしきも、たくさんみれるのね!
ともだちが、たくさん、たくさん、できると、いいな。

女の子にうまれたら、ボーイフレンド、できるかしら?
あいては、おなじとしの子がいいわ。そして、おとなになったら、けっこんするの。
こどもは、ふたり、ほしいわ。
おとこのこと、おんなのこ、のひとりずつ。

なまえは、どうしようかしら?
・・・・・そうだわ、あのふたりの、なまえを、つけよう!
エレ・・・・エレ・・・・、レー・・・・レー・・・・・、え~っと、なんだったかしら・・・?
おもいだせなくても、いいわ。・・・・ようやく、わたしは、ほんとうのにんげんに、なれるんだから。
・・・・にんげんにうまれたら、たのしいことも、たくさんあるけど、きっと、たいへんなことも、たくさん、あるんだろうなあ。

・・・・・・どれだけ、ほしぞらのなかを、すすんだだろう?
わたしを、ひっぱっていた、てがとまって、わたしのことを、てばなした。
てが、ゆびさすほうをみると、キラキラとかがやく、にんげんのせかいの、いりぐちがみえた。
そこから、こえがきこえてきた。

「お願いです・・・・。この子を生き返らせてください!」

・・・ああ、きっとあのこえは、わたしの、あたらしいママね!
まっててね、いま、そっちにいくから。
うしろをふりかえると、まじゅつしのてが、きえてなくなっていた。
ありがとう、まじゅつしさん。ずっと、わたしのことを、みまもっていてくれたのね。

わたしは、まえをむいて、キラキラとかがやく、にんげんのせかいの、いりぐちをみた。
きたいいっぱい、むねをふくらませながら、わたしは、そのひかりに、むかっていき、
そして、ひかりのなかへと、すいこまれていった。

――――完

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