梅雨に入ってからはジュンが将棋をできる日曜日が多い。ジュンがいるときといないときでは明らかに少しふんいきが違う。
将棋にカントクはいないよ、とシュウイチに笑われても、ジュンはかまわずカントクと呼び続けている。シュウイチもいちいち訂正はしないので、ほかのメンバーもまねするようになった。シュウイチさんとか先生よりは、カントクの方が呼びやすいからだ。
会ってる回数は一番少ないのに、シュウイチと一番くだけた話し方をするのはジュンだ。そういう性格なのだろう。
「カントク、佐野ばっか教えてるじゃん。女子だからってひいきしちゃダメだよ」
「ひいきしてんじゃないぞ。佐野さんは熱心に聞くから教えがいもあるんだ。ジュンノスケは人の話聞かないじゃないか」
シュウイチの方もほかのメンバーには「くん」や「さん」をつけるのにジュンのことはいつのまにか呼び捨てにしている。
そんなジュンがある日、昇級の一番を迎えた。四連勝だ。
「さて、いちばん負けそうにない相手はだれかな」
きげんよく目をくるくるさせる。
「こらこら、そういう選び方はないぞ。強敵に勝って昇級しないと」
「そうだそうだ。カズオくんとやれよ」
「え、カズオと? カズオにはこの間も負けてるからなあ」
「カズオくんに勝たないと青葉小+1の大将にはなれないぞ」
「よーし、わかった」
カズオは前週の同好会で3級になっているから、5級のジュンとは香落ちである。左香がない弱点をカバーするため、ふだん居飛車党のカズオが振り飛車にかまえた。
ジュンは、毎度おなじみ、棒銀戦法で攻めかかる。なんとかの一つ覚えと言われても、強力な攻撃法には違いない。これにさんざん痛い目にあわされているトモアキは、今もシュウイチの本を借りて、棒銀対策を勉強しているほどだ。
慣れないはずの振り飛車でも、カズオは巧妙な指しまわしを見せた。一瞬のスキをついて飛車と角を交換し、角を中央にさばいた。ジュンの銀は戦場から遠く取り残されてしまった。
カズオの完勝だ。ジュンがぼやく。
「トモアキにだまされた。佐野とやっときゃよかった」
――――続く
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