イラン社会の現状が垣間見える作品「シンプル・アクシデント/偶然」、そして異色の「セールスマン」

本当にアメリカとイランの戦闘終結は実現するのか? 私は米の国際法違反の攻撃は反対だ。しかし、イランの政治体制反対の人も多くいるのも事実。一体、イランの社会ってどうなっている?

「シンプル・アクシデント」監督:ジャファル・パナヒ 出演:ワヒド・モバシェリ マルヤム・アフシャリ他

「シンプル・アクシデント」監督:ジャファル・パナヒ 出演:ワヒド・モバシェリ マルヤム・アフシャリ他

公開中のイラン映画「シンプル・アクシデント/偶然」を見て、多少だが、この国では対立や混乱があり、複雑な問題が社会にあるということが実感として理解できた。

平凡な中年の男ワヒドが、自分が働く自動車修理工場に寄った片足義足の男を拉致する。観客は段々分かってくるが、ワヒドが刑務所にいた時、看守(?)として虐待された過去がある。
刑務所では目隠しをさせられていて、拉致した人物が本物かどうか確信が持てない。それで、ワヒドは、男をバンに乗せたまま同じような目に遭った知り合いを訪ねていって確かめようとする。

結婚式用の写真を撮っている最中のカップルもいれば、女性カメラマンもいる。いろんな性格の人物がいて、慎重な者もいれば短気な男もいる。
日本の俳優せんだみつお似の男は、お人よし的な一面があり、この間、拉致した男の妻の出産を手伝ったり、その病院の費用を払ったりする(ここが可笑しい)。

一体この男が虐待をした男なのかサスペンスがある。クライマックスは、拉致した男を木に縛り付けて自白を強要するシーン。この15分ほどの長回しは迫力ある。冷静だった女性カメラマンでさえ激高し激しくなじる。男も、自分の立場を激しく述べる。そして、詳しくは書かないが、ラストシーンの怖さと言ったらない。音が怖い。

イラン社会の混乱と複雑さ。ワヒドの仲間たちは、言葉の端々に、自分は吊るされた、処刑の一歩手前だった、人間扱いされなかった、人間としての尊厳を汚されたと言っている。この人物たちは平凡で善良そうに見える。普通の人が投獄されているのだろう。
実際に刑務所にいて虐待した人物も、生活のため仕方なかったと泣く(これについてはドイツ哲学者ハンナ・アーレントの、ナチの犯罪についての言葉を思い出す)。人間は複雑だ。
また、先にもあげたが、この映画には人間喜劇的なところがあり、人間くさく、人間味を感じさせて笑いを誘う点だ。ここは見事ではなかろうか。

さて、この作品はカンヌ映画祭のパルム・ドール受賞作である。ジャファル・パナビ監督は「ある女優の不在」「熊は、いない」も、国際映画祭で受賞している。
彼の最近の3作は、自らが映画に当人として登場するドキュメンタリーとフィクションの境目があいまいな作品だった。その中に、台詞としてイランの体制を批判する言葉が幾つも出て来る。こんどの「シンプル・アクシデント」は本人が登場しないけれど、刑務所で虐待された人がその看守を探すと言う、いわば一歩進んだ社会批判の映画になっていると思う。

実は、イラン映画は国際映画祭で沢山の賞を受賞している程、評価が高い。その中で、アスガー・ファルハディ監督は巨匠であると思う。彼は、社会批判の要素は少ないが、普遍的な、人間関係の修羅場を描くことにまことに優れていると思う。「別離」(2011)という作品は、ベルリン映画祭で金熊賞と女優賞を受賞している。

好きな映画をもう一本! 彼の最高作は「セールスマン」(2016)という映画だ。カンヌ映画祭で脚本賞を受賞している。
設定が複雑。壁が崩れマンションに住めなくなった、小劇場で役者をやっている夫婦が、劇団員の紹介で、たまたま空いた別の家で暮らし始める。妻が入浴中に、突然、見知らぬ男に侵入される。そのショックから妻は芝居に出られなくなり、夫は逃げた犯人を捜し始める。犯人と思しき男の義父(娘の結婚直前だが)がやってくる。意外な真犯人が分かる……。

監督:アスガー・ファルハディ 出演:シャハブ・ホセイニ タラネ・アリドゥスティ他

監督:アスガー・ファルハディ 出演:シャハブ・ホセイニ タラネ・アリドゥスティ他

これまた、ドロドロの人間世界の修羅場を描く。ナマな人間性が出て来る。しかし、緊迫感が半端なく、映画的に大変に引き付けられる。登場人物に見事な存在感がある。
主人公の本職は高校の国語教師であり、授業中の生徒とのやりとりもリアルで、学校の様子、生徒の様子も分かる。芝居の演目は「セールスマンの死」だ。演劇のリハーサル風景もなかなかいい。
尚、犯罪が起きても、警察は信じられないので通報もしない。イラン社会はそんな現実なのだろうか。「名誉と恥」という言葉が何回も出て来る。それだけ、倫理観が高いのか、それとも、宗教の圧力が大きいのか、判断がつかない。

(by 新村豊三)

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