【 モデルガン 】
私事で恐縮だが、私は中学生時代に初めてモデルガン(回転式拳銃)を見た。友人が見せてくれたのだ。初めてそれを手にした時の「重み」と「凄み」は今でもよく覚えている。情緒不安定な中2にとって、それは衝撃的な体験だった。今回はその話をしたい。
中学生時代、「技術家庭」という授業があった。男子と女子で授業内容は分かれていた。今の時代なら問題になるような話だが、私が14歳の時の話なので、かれこれ54年も昔の話である。女子は料理や裁縫をやっていた。楽しそうだった。男子はボルトナットの製図作成と、実際に(工作機械を使って)金属の棒を削って長さ10cmほどのボルトナットを1本制作するという実習だった。もうこの説明だけで「ああつまらない」と思われたのではないだろうか。まったくそのとおり。
ボルトナットに興味はなく、料理や裁縫をやりたいという男子は結構多かった。彼らは「女子はええなぁ。料理や裁縫の方がよっぽどええわ」とブツブツ言いながら製図していた。しかし製図の完成度を熱心に研究する妙な男子もいた。私である。当時、私は烏口(カラスグチ)というおかしな名前の製図用具に夢中だった。これは要するに「黒いインクを使って均一で極細の線をケント紙に引く」ための道具である。今どきの10代20代はおそらく見たことも聞いたこともないであろう「はるか往年の製図道具」だ。
ともあれ、ボルトナットにも製図にもカラスグチにも全く興味のない男子たちは、みないい加減な製図を描いてさっさと提出しようとし、先生からNGを食らって何度も修正をくり返していた。しかし私は一発で「A」の製図評価を獲得し、工作機械操作の段階に進んだ。
先生は私の製図をたいそう褒めただけでなく、手とり足とりで工作機械の扱いを丁寧に教え、製図中の男子たちを顎でしゃくって「このアホどもに工作機械の操作を教えてやってくれ」と私に依頼した。私はもちろん快諾し、クラスで真っ先に工作機械の扱いをマスターした。
ところがここから話は妙な方向に展開していく。私のその優秀ぶりを見ていたクラスメイトがいた。彼を仮に遠藤としよう。遠藤は小太りでひょうきんな男だったが、家はお金持ちで3階建ての立派な家に住んでいた。その遠藤が私のところに来て言った。
「この教室にある工作機械な。金属に穴を開けるドリルなんかもあるのんか?」
「もちろんある」と私は言った。それは奥の方にあり、自前のボルトにピッタリはまるナットの「穴あけ作業」で使う予定だった。太い電源コードを見るとコンセントに繋がっていて、いつでも使用可能な状態だった。
しかし順番としてはボルトから制作することになっている。製図をパスして実際にボルトを作り、そのボルトがパスしないことには、ナットには進めない。
「なにしろボルトナットだからな」と私は言った。「ナットボルトじゃない」
遠藤は笑った。
「知ってるねん」
彼は私を教室の隅に連れて行った。
「オレの持ってる金属に穴を開けたいねん」
私にはなんのことやらさっぱりわからなかった。
「金属の板に穴でも開けたいのか?」
彼は意味深な笑いをした。
「穴を開けたい金属な、明日、放課後に見せたる」
モデルガンを見たことがある人なら、ここまで読んで「ははあ」と先が読めたかもしれない。
その日の放課後、体育館の裏で遠藤が見せてくれたのは、モデルガンだった。回転式の拳銃で、鈍い銀色に輝いたそれは、グリップのところだけが赤茶色の木製で、他はオール金属だった。私はそれを受け取った。手にずしっとくる重みにちょっとした驚きを感じ、つくづくとその形状を眺めた。
「銃弾はな、ここに入れるねん」
遠藤は拳銃を受け取ると、手慣れた操作でシリンダー(回転部分)をカチッと外し、6発の銃弾をパラパラと手のひらに落とした。
私はその1発を受け取った。拳銃の銃弾を見るのも初めてだった。
「なるほどここに弾薬が入ってるわけか」と想像し、その弾頭をしげしげと見て「なるほどこんなのが体を貫通したら……そりゃ死ぬわな」と恐ろしくなった。
遠藤は銃弾を受け取ると1発ずつそれをシリンダーに装着した。再びシリンダーをカチッと元の位置に戻し、私に銃口を見せた。それは金属で完全に塞がれていた。さすがに私も彼のやりたいことがやっとわかった。
「どうかしてるな、コイツ」と思いながら私は彼をまじまじと見た。
「バレたらどうする? これは犯罪になるぞ」
彼は驚いた表情になった。無茶な願いを持ち出しておきながら、その最悪結果については全く考えていないらしい。
「警察が学校に入ってくるぞ。……で、お前は、たぶん退学だな」
彼は真っ青になった。回転式の拳銃を持ってるくせに、中身はまるっきりの子どもなのだ。
「この話は忘れてくれ。すまんかった」
彼は板チョコを私に渡し、カバンに拳銃を放りこんで、さっさと帰って行った。
【 つづく 】