【 日本史魔談 】魔界転生(7)

【 宝蔵院の鎌槍】

今回は宝蔵院胤舜(インシュン/1589 ー 1648)を語りたい。
「胤舜」とはまたなんとも見慣れない漢字なんで、ここでは以後〈インシュン〉とする。

さて〈宝蔵院インシュン〉。
天草四郎、細川ガラシャ、宮本武蔵……この3人はいずれも実在した人物だが、〈インシュン〉もまたそうである。
すでに御存知だろうが、「宝蔵院」は姓ではない。奈良にあるお寺の名前である。この時代、宝蔵院は、今の奈良国立博物館のすぐ近くにあった。明治時代の初頭までは槍の道場もあり、槍術の稽古もあった。しかし今はない。もはや伝説の槍術となってしまったのだ。

この「宝蔵院槍術の槍」が残っている。
これがまたなんとも物騒な形状をしている。たぶん宝蔵院槍術を創始した先代胤栄(インエイ)が考案したのだろう。穂先(槍の先端)が刀をぶっちがいにして十文字にしたような形状をしている。まるでRPG(ロールプレイングゲーム)に登場しそうな強烈なデザインの槍だ。「最強の槍/魔の槍」なんてのがあったとしたら、まさにこれなんじゃないかと思うようないかつい先端の槍だ。

宝蔵院の坊さんたちはこれを「鎌槍(かまやり)」と呼んだ。
「突けば槍。薙げば薙刀。引けば鎌。とにもかくにも外れあらまし」
この槍の優秀さをこのように説明した。突いても、薙いでも(勢いよく横に払っても)、引いても、刃がちゃんと機能する。相手になんかダメージを与えることまちがいなしというわけだ。「とにもかくにも外れあらまし」という表現が笑える。

それにしても、なんでまたお寺の坊さんがこんな物騒な槍をふりまわして武芸を磨いたりするのか。先代の〈インエイ〉は宝蔵院槍術を創始した人だが、その基本的な疑問にふとぶち当たったらしい。晩年の〈インエイ〉はすべての武具を高弟に譲った。また〈インシュン〉に対しても武芸を禁じた。しかし〈インエイ〉が他界した後、〈インシュン〉は「これこそが宝蔵院の名を全国に知らしめる」と言わんばかりに高弟から宝蔵院槍術を学んだ。これを極め、全国に広めようとした。

その後、この槍術は多くの藩で採用され、日本一の槍術として栄えた。〈インシュン〉は徳川家光将軍の前でも技を披露した。
この時に将軍を鎌槍でグサリとやってしまったら、天草ジュリー四郎は大喜びで「復讐するは我にあり!」と叫んでこの物語は終わっただろう。
しかし「魔界転生」における〈インシュン〉はどうもそういう役柄ではなく、女の尻ばかり追いかけている。胸をはだけたガラシャの誘いを恥じて自殺したのもあまりにも唐突だが、魔界に転生した後も女の尻ばかり追いかけている。「あんた、なんのために魔界転生したのさっ!」と言いたくなるような情けない〈インシュン〉だ。ガラシャも武蔵もそうだが、〈インシュン〉に多少の興味があるファンはがっかりしたことだろう。

【 長い武器の利 】

ちょっと余談。
槍にも色々あるが、日本の戦場で使われたスタンダードな長さは、454cm〜636cmだと言われている。ざっと4メートル半から6メートル半といったところか。ところがとんでもない長い槍を発案して戦場で使わせたという記録が残っている。その長さ、なんと820cm。8メートル以上もある槍を戦場で使ったというのだ。作らせたのは、他でもない信長である。

この槍の使用方法は、前述した「突く/薙ぐ/引く」のいずれでもなかった。敵の頭上に穂先を高々と振り上げ、そこから下に向かってひっぱたくようにして穂先を敵にぶつけたというのだ。竹の弾力を計算に入れていたのかもしれない。信長が考えたのかどうか知らないが、史実の〈インシュン〉はこれをどう思っていただろうか。

「長い武器」の利については、武蔵もこれを利用したとする説がある。例の「対小次郎作戦」である。
小次郎も長刀を操る超人的な体力の武芸者だったが、武蔵はその長さを知っていた。その対抗策として、彼は巌流島に渡る船で櫂(カイ/水をかいて船を進める木)を削り、即席の、めっちゃ長い木刀をつくったのだ。試合直前に削った「超ロング木刀」なので、小次郎はその長さを知る由もない。武蔵は船から降りて波打ち際に立った時も、木刀は背中に隠してその長さを小次郎に察知されないようにした。
かくして小次郎は武蔵の顔面を真っぷたつに裂くようにして真正面から長刀を振り下ろすのだが、その一瞬前に宙に舞い上がった武蔵の木刀の方が、小次郎の長刀を遥かに越えた長さだったのだ。
ここでもまた「長い武器の利」を生かした必勝戦法が生きたと言えよう。

【 つづく 】


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