【 片膝立て 】
前回の魔談でも述べたが、ここでのヌードデッサンは「25分制作/5分休憩/25分制作/5分休憩」という流れだった。これで1時間のモデル拘束ということになる。……で、このあと即座に「後半の1時間」に入るのだろうと私は思っていた。日本で経験してきたヌードデッサンはみなそうだった。モデルさんたちはポーズを開始してから「2時間の拘束・合計4ポーズ」という契約だった。
モデル協会から派遣されてきたモデルさんたちはみなプロ意識が強かった。テキパキと4ポーズをこなし、終了したらさっさと帰っていった。仕事以外の雑談めいた会話はほとんどなかったが、ごく稀に講師控室などでモデルさんとパッタリと出会った時などに、挨拶かたがた話をする機会はあった。
「指名があった場合は、1日に数カ所でモデルをすることもあるのですか?」
とモデルさんに聞いたことがある。
「あります」と彼女(35歳ぐらい)は笑った。
「その日の体調にもよるけど、1日に3ヶ所でやったこともあります」
これにはちょっと驚いた。午前中と午後と夕方にそれぞれ2時間、合計6時間ポーズをとったことがあるというのだ。ただしその翌日はさすがに腰が痛くなって針を打ってもらったそうだ。それによほど「やってもいい」という意欲が出ない場合は、1日に2ヶ所でやめておくそうだ。さもありなん。

さて本題。
ローズは「立ちポーズ」の後でいわゆる「片膝立て」を選んだ。デッサン用の石膏像など彫刻作品の裸像でもよく見かけるポーズである。どことなくアンニュイな雰囲気が漂うポーズだ。
するとここの画家たちは(イーゼルをつかんで)一斉に動き始めた。この点も「ところ変われば……」でちょっと面白い光景だった。というのも、私がそれまでに経験してきた日本のヌードデッサンではモデルがポーズを変更しても、画家たち(あるいは教室の生徒たち)はほとんど動かない。あたかもその位置が(受験会場で)自分に指定された位置だとでも言わんばかりに、目の前のイーゼルを動かさない。
ところがここの画家たちときたら、動くわ動くわ(笑)。また画家によってはイーゼルは使わず立って(F4スケッチブックに)デッサンする画家もいた。あるいは床にスケッチブックを置いてデッサンする画家もいた。総じて1作目の「立ちポーズ」とは違う場所、違う角度、違う姿勢で描こうとする画家が多かった。私もその点は大いに見習おうと思ったのだが、たまたま私が座っていた位置から見たローズの「片膝立て」は悪くなかった。移動して「違う角度」を探すよりも、現状維持で即座に開始した方が良さそうだと判断した。
【 ワイン休憩 】
さて2ポーズが終了。ローズはさっさと純白のネグリジェを着て椅子に座った。
「おや、続けてやらないのか?」とちょっと意外に思っていたら、1人の画家が金属製の白い円卓を持ってきてローズの脇に置いた。いかにも手慣れた感じ。「いつもこうしている」てな感じ。するともう1人の画家が赤ワインのボトルとワイングラスを持ってきて円卓の上にトンと置いた。これもまたいかにも手慣れた仕草でワインのコルク栓をスパンッと抜き、ワイングラスになみなみと注いだ。
「なんと。ここじゃ休憩時間にワインか」とあきれてしまった。
半ば唖然としてその様子を見ているのは私だけで、他の画家たちは一斉にイーゼルを離れてそれぞれ自分の好きなようにし始めた。ピエールはローズの脇に立って(持参のマイグラスで)ワインを飲んでいた。シーレはあちこち歩き回って他の画家たちのデッサン作品を順に見ていた。
マリアンヌが私のところに来た。一心に私のデッサンを見ている様子で、時々私を見て微笑した。「たぶん私と話がしたいのだろうな」と痛切に感じたが、こればかりはどうしようもない。
貞子も来た。
「休憩でワインとは驚きました」
「いつもそうよ」
貞子の説明にはさらに驚いた。ローズは「モデルを依頼されてここに来た」のではないというのだ。ときどきふらっとアトリエに来て「今夜、やってあげてもいいわよ」てな感じで貞子に伝えるらしい。すると貞子はその時にアトリエにいた画家たちに声をかける。
「今夜、やってくれるそうよ」
それでたちまち4〜5人の画家は参加表明するという。
「人数によってはやらないこともあるのですか?」
「それはないわね。3人は集まるから」
なんとまあ、贅沢なヌードデッサン会だと思わざるをえない。しかも「1時間2ポーズ」のモデルをやって、ワインを軽くやって、その後にさらに「1時間2ポーズ」をやるかやらないかもローズの気分次第だという。なにしろここではワインは飲み放題。「ローズが脱いでる」と聞いて(笑)パンやチーズや食べ物持参で様子を見に来る画家もいるらしい。あきれたというか、おおらかというか。
【 つづく 】

