手塚治虫の短編漫画「ながい窖」(1970年)と映画「三たびの海峡」

6月に法政大学出版会から出た手塚治虫の「ながい窖」を読んだ。少年の頃、沢山漫画を読んだが、特に手塚氏の漫画が大好きだった訳ではなく、この漫画の存在を知らなかった。この漫画を読んだのは、私の長年の「韓国・朝鮮問題への関心」に関わるからだ。

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手塚と在日朝鮮人問題。大いに興味をそそられた。短い作品で、50ページ足らず。1970年11月の「サンデー毎日」増刊号に掲載。因みに、70年の3月には「大阪万博」、「よど号ハイジャック事件」。11月、「手塚の漫画をうっとおしがっていた」(評論家 林晟一)三島由紀夫が割腹自殺。韓国はパク・チョンヒ軍事独裁政権下。

一気に読んだが、面白かった。東京の大会社の専務となった森山専務には隠したい過去があった。戦前、朝鮮人労働者として過酷な労働を強いられ、長崎市大村市の外国人収容所から脱走して、名前を変え、今の地位を築いている。
家庭には娘と息子がいる。知り合いから、「北」から不法入国した若い男を居候させてくれと頼まれる。彼が、家族に影響を与えていく。民族意識が芽生えた息子も朝鮮大学校に入学する…テーマは、過去を背負った在日朝鮮人男性の苦悩と葛藤だ。

話も面白いし、画の構図も興味深いところがある。過酷な労働の現場に暗い穴があり、裸電球がぶらさがる。車が突っ込んでくる絵には迫力。また、すっと入るユーモア。娘の名前が亜紗というが、主人公が「亜沙ー」と呼ぶと、次のコマが、谷岡ヤスジのあの、「アサ―」の鳥が入る!(懐かしく、思わず吹き出した)。朝鮮語のハングルが台詞に入るのも面白い。しかもルビなし、翻訳なしだ(因みに、ハングル、数か所間違っている)。

面白いが、バサッと途中で終わってしまう。その先が読みたい気がする。解決できない現実があるから、この終わりしかなかったのか。概ね、すぐれた作品と思うが、娘が、自分が在日であることをどう感じているのか、そこが描かれていないのが残念。

手塚がヒューマニズムを描く漫画家だと聞いていても、色々な疑問が湧く。彼の漫画全体の中で、朝鮮問題をどう位置付けていたのか、また、一般読者にはどう受け取られたのか。この漫画、全集には収録されていないのだが。

これにかなり詳しく答えてくれるのが、この本の半分以上を占める解説だ。漫画が50ページ、解説が80ページ。評論家の四方田犬彦氏を始めとして6人の識者が論考している。
四方田氏は、「手塚の作品系列の中できわめて重要」とし、手塚は、韓国人だけでなく、エスニシティを漫画に入れた、と言う。
李鳳宇氏は製作者として「月はどっちに出ている」(1993)を作った頃、この漫画の映画化を考えたことがあるそうだ。主役は西田敏行、緒方拳などを考えたと言うのだから面白い。驚いたのは、手塚が、何回か、北系の朝鮮総連の機関誌に、強制労働をさせたことを朝鮮に申し訳ないと詫び、民族教育を守ろうと書いていたこと。多分、手塚は、ファンも含めて世間の支持が得られなかったのだろう。孤独だったのだろう。
ともかく、差別に苦しむ朝鮮人の苦悩を描いた手塚治虫氏に敬意を表したいと思う。

 

監督:神山征二郎 出演:三國連太郎 南野陽子 隆大介ほか

監督:神山征二郎 出演:三國連太郎 南野陽子 隆大介ほか

好きな映画を一本! 朝鮮人の日本での過酷な労働を描いた作品に1995年の「三たびの海峡」がある。30年ぶりに見直したが、やはり力作である。
原作は帚木蓬生の小説(吉川英治新人賞受賞)。ソウルの大きな企業の会長であるハ・
シグン(三国連太郎)は、過去の清算のために釜山からフェリーで来日し、筑豊の元炭鉱地区に来る。彼には戦前、徴用で日本に来て炭鉱で働かされた過去がある。ハの行動を追う現在と、過去の回想が巧みに組み合わされる。若きハは、日本人の寡婦である千鶴(南野陽子)と愛し合い、子供を産んだことも分かってくる。見ていて、その悲劇的な運命に涙せざるを得ない。

炭鉱の危険で過酷な労働、日本人の暴力的虐待、寮での生活など、力を込めて描かれる。
永島敏行、樹木希林(!)、伊佐山ひろ子、泉ピン子、白竜、風間杜夫、林隆三なども出演している。ハングルも正しく使われ(字幕が付く)、韓国での本格的ロケもとてもいい。また、先日亡くなったプロ野球選手の張本勲も「呼びかけ人」の一人。AIによれば、彼自身が在日韓国人2世であり、映画の社会的意義に深く共感したから、と。この映画、公開当時それほど話題にならなかったが、今、再評価されるべき作品だ。

(by 新村豊三)

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