悪魔談(6)

悪魔談6
女は現実よりも自分の願望に拍手を送る。
(アイスキュロス)
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話の進展が少々停滞してしまうが、ぜひここでルシファンの特異なルックスについて語っておきたい。
ルシファンはいまでいうゴシックロリータだった。先駆者的ファッションだったのかもしれない。ヨーロッパ中世の貴族子女が着飾っていたようなファッションの写真集を見せてもらったことがある。いまではロリータファッションは趣味や嗜好や主義により色々とジャンルがあるようだが、彼女が好んで身につけていたゴシックロリータは極めてストイックな雰囲気で色彩がなく、白黒写真のような服装だった。ファッションに全く興味のないぼくにとっては、ロリータという方向性を維持しつつ「しかし無彩色でなければならぬ」というコンセプトはもう全く理解の外だったが、「要するに喪服みたいなのが好きなんだろう」と当時は思っていた。
ともあれ自宅に戻ってセーラー服を脱いだルシファンが日常的に身につけていたゴシロリ服は、それはもう彼女によく似合っていた。襟元や胸元には、世紀末の装飾を思わせる優雅なレースのフリルが幾重にも折り重なっていた。ファッションアイテムとしてずいぶん色々な種類の十字架を持っているらしく、見るたびに違う十字架を下げていたり、小さな十字架を5個も6個も下げていたりした。スカートに布の十字架がたくさん縫いつけてあるのもあった。それを見たぼくは墓場を連想した。悪魔崇拝の娘がなんで十字架ファッションなのか、理由を聞いてみたいと思ったこともある。しかしうっかりとそんな質問を発しようものなら極めて面倒くさい事態になりそうな気がしたので、ぼくは黙っていた。
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ゴシロリ娘が街で普通に歩いていたらすごく目立つことは、言うまでもない。セーラー服でも独特のアンニュイなムードを発散していたルシファンがゴシロリ服を着たときの姿というのは、それはもう一種異様に目立っていた。街で彼女を見かけたときなど、100m離れた位置からぼくは彼女を発見してギョッと立ちすくみ、そそくさと逃げたものである。彼女と肩を並べて歩くのは、極力避けていた。友人やクラスメイトの目に触れようものなら、なにを噂されるかわかったものではない。中学校への登下校はもちろん、あらゆる日常生活において彼女との接触には十分に注意していた。

にもかかわらずこの時は、それを許してしまった。「近所の自転車屋さんに行ったら、パッタリと出会った」という偶然、またその時のぼくは「夜になろうというのに、知らない中学校の宿直室に行き、知らない教師にシュウマイの箱を渡さなければならない」&「自転車で行こうと思ったのに、数日前からパンクしていたことを思い出した」というダブルストレスでかなり腐っていたという心理、さらに追加するならば、「むかつくお使い」の内容を知った彼女がなぜかすごく喜び「一緒に行きたい」と言い出したそのあどけない笑顔につい許してしまったというこの時代ならではの誘惑……などなどが複雑に交錯し、結果としてぼくは混乱のうちによく考えもせず彼女の希望を受け入れてしまった。
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14歳。中学校2年生。「まさに混乱の時代だった」といまでも思う。子供ではなく大人でもない中途半端な時代に、不幸にも(……という表現しか思いつかない)ルシファンという「ハンパねえ早熟娘」と出会ってしまったぼくは、朝から晩まで混乱していた。しかしこの機会に、正直に書いてしまおう。その一方でぼくは期待していた。なにをどう期待していたのか。それはいまに至ってもよくわからない。なにかを言い淀んでいるわけでは決してない。それはあまりにも漠として、捉えどころのない一種の性的欲求とでも言おうか、そのような種類のものだった。
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すぐ隣りを歩いている彼女の胸元からかすかに汗の気配が漂ってくるような、蒸し暑い初夏の夜だった。いたるところで「ジィーッ」とオケラが単調な鳴き声を立てていた。闇夜にそのまま溶けこんでいきそうなゴシロリ娘と線路ぎわを黙々と歩いていると、ぼくの内部に一種の名状しがたいファンタスティックな高揚感が生まれた。このままふたりで異世界に紛れ込んでしまうのではないか。そんな気分だった。しかし彼女は全く違うことに興味が走っているようだった。
「いまね、あの屋根の下でね、誰かが怖い話をしてる」
少年時代の夢想癖が色濃く残っているようなぼくの拙い高揚感は、この一件であっけなく霧散した。密かにため息をついた。隣りを歩いているロリ服娘が、少女の姿を借りた妖怪のように見えてきた。ぼくはとんでもない異能を持ったロリ服娘と一緒に、夜の中学校に向かっていた。なんとなく嫌な予感がした。事実、その夜はとんでもない夜になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(つづく)