魔の絵本(3)エドワード・ゴーリー著「優雅に叱責する自転車」

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筆跡には、書き手の性格がじつによく現れるという。さもありなん。
なんの本で読んだのか忘れてしまったが、新撰組副長・土方歳三の筆跡は、専門家が見て驚くほどに、女性的・繊細・嫋嫋たる連綿線の続くデリケートでしなやかな筆跡、なんだそうである。「嫋嫋(じょうじょう)たる連綿線が続く」とはどういう意味なのか。よくわからない人のために、ちょっと補足しておきたい。昔の日本人は手紙を書く際、筆を用いてタテに文字をスラスラと書いた。文字から文字へ移る際、筆を紙から離さず、そのままスーッと線をつなげるようにして、次の文字へ移った。この線のことを「連綿線」と言うのである。土方歳三の筆跡は、その線が極めて「たおやか」ということらしい。「嫋」とは「たおやか」という意味である。

これは線画でなにかを描いた場合にも、大いに当てはまる。体育会系のガッチリした体躯の青年が描いた絵の線が、「おやおや」と思うほどに貧弱で細い線だったりする。逆に神経質でほっそりした感じのお嬢が描いた絵の線が、じつに堂々としてしっかりした線だったりする。性格がどうこうということよりも「自分の絵に対する自信」が線の形状にはっきりと出ているのだ。

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さてゴスロリ嬢が描いた自転車の話に戻る。ペダルもチェーンもない。まあ仮に乗ったとしても、坂道を下って行くときにしか乗る意味がないようなチャリンコだ。だれが見ても「このチャリはおかしい」とすぐに気がつくような自転車だ。
通常、そのように不完全な自転車を描く人は、悩みつつ、迷いつつ、葛藤しつつ描く。少し描いては消しゴムでゴシゴシと全部消し、ため息をついていたりする。描いている時間よりも、消しゴムで消している時間の方が多かったりする。そういう人の線画は、提出された作品を見ても「いかにも自信のない線」で構成されている。とぎれとぎれだったり、妙に震えていたり、数本の細い線が束になってなんとか1本の線になっていたりする。四角い紙の右下に小さく縮こまっているような自転車を見つけて、思わず笑ってしまったこともある。

しかしゴスロリチャリは違った。明らかにグッと筆圧の加わったしっかりした揺るぎない線で描かれており、「だれがなんと言おうと私の世界の自転車はコレ」と言わんばかりの確信に満ちた線画となっている。講師としてはじつに興味のわく作品だ。そこで講評時、一般的常識的に優れた描写が達成されている自転車作品数点を選んでまずは評価し、「さて」という感じで、ゴスロリチャリを選んで受講生に見せた。
「この自転車は、どう見てもちゃんと走るとは思えないですが……」
笑いがおさまるのを待ち、講師は続けた。
「じつにいい線です。自信に満ちた線であり、見ていて気分がいいです」
そして「確信に満ちた線」とはどういう線なのか、という説明をした。

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翌日。ランチタイム。講師は缶コーヒー片手にゴスロリ嬢が置いていった絵本をパラパラッと開き、危うく飲みかけていたコーヒーでむせそうになった。確かに彼女が描いていた自転車がココではちゃんと走っている。……いや「ちゃんと走っている」どころか、勝手に自走している。
「……ったく、なんたる絵本だ。こういう屈折した絵本を作るヤツは英国人にちげえねえ」と思いつつ、後でゆっくりと読む楽しみができた。
「タイトルはなんだっけ?……なんか妙なタイトルだったよな」
パタンと表紙を閉じてチラッと見ると、
「優雅に叱責する自転車」!
今度はサンドイッチを喉に詰まらせそうになった。
「ヤロテメ!……絵本の分際で講師に向かって優雅に叱責するつもりかっ!」とイカッたが、久々にけったいな絵本を貸してもらった期待の方が大きかった。
「……私が描いた自転車はココでちゃんと走ってます」
ゴスロリの得意満面が浮かんできて苦笑した。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )