別訳【夢中問答集】第四十一問 世間と折り合いをつける方法とは? 1/5話

足利直義:そりゃ確かに根が優秀な人ならば、環境に左右されたりすることはないでしょう。

とびきり優秀、とまではいかなくても、シッカリした性格の持ち主ならば、あるいはどんな環境でも迷うことなく進んで行くことができるということもわかります。

しかし、・・・しかしですよ?

世の中のほとんどの人は、そんな才能もなければ、根性もありません。
名誉になびき、利益につられ、なんというかもうヘロヘロです。
とてもではありませんが、じっと座っていることすらままならないありさまです・・・

和尚は、「そんなヤツラは勝手に苦しんどけ!」とおっしゃるのですか!?

見込みのない人々は、救いようがないのでしょうか?・・・」

夢窓国師:いやいや、ワシゃそこまで言っとらんぞ・・・

そうじゃな、ちょっと説明が足らんかったかな。

今、オマエさんは「環境」と言ったと思うが、「環境」には二種類あってな。

何でもかんでも自分の思い通りである、というのを「順境」という。
そうではなくて、いちいちムカツク!、というのを「逆境」という。

で、そこいらのボンクラは、この「順境」ばかりを愛して、「逆境」を忌み嫌っているわけなのじゃが、こここそが「ボンクラ」の「ボンクラ」たる所以なのじゃ。

「順境」を願う心と「逆境」を嫌う心、その二つは実は同じものであり、また共に地獄に直行する道であるということが理解できていないのじゃ。

よく世間のことを「シャバ(娑婆)」と言うじゃろ?
これ、どういう意味か知っとるか?

「刑務所の外」のことだろうって?
・・・何の映画の見すぎなんじゃ! まぁ、知っとったらさっきみたいな質問はしないじゃろうから無理もない。

いいか?
「シャバ」とは、サンスクリットで「欠減」という意味なのじゃ。

つまり、「苦しみしかない」「ロクでもない」「満足することがない」、「どんな願い事もかなうことはない」という意味なのじゃ!

シャバにありながら「自分の思い通りになる」ことを願う。それは即ち、「涼しくなりたいと思って火の中に飛び込む」ようなもんじゃ。

「希望」が消え去れば、「絶望」も同時に消滅する。そのふたつを作り出しているのは、決して外部の環境などではなく、その者の「心」の動きに他ならないからじゃ。

ワシが若い頃に田舎で下宿生活をしていた時のことを話してやろう。

仲間の坊主の中にエライ気の短いヤツがおっての。やたらとケンカっ早くて困った性格だったのじゃが、ある日、そいつがワシの部屋に一人で尋ねてきたんじゃ。

そいつはワシに向かってこう言った。

「オレって、どうしてこんなに気が短いんだろう・・・
いつも後悔するんだけど、昔からずっとこんな性格で、あちこちでケンカばかりしてしまって・・・」

ワシは言ってやったよ。

「オマエさんは、闘う相手を間違えているんじゃないか?
本当の「ケンカ上手」というのは、誰が敵の大将であるのかを見抜くのがうまいヤツのことじゃ。ザコなんか放っておけばいい。大将一人を倒しちまえば、それでもうオマエの勝ちなんじゃから。
さて、オマエの敵の大将は誰かな? 悪口を言われたり殴られたりするのがムカつくって?
いくら悪口を言われようが殴られようが、それでオマエが地獄に落ちるわけではないじゃろう。
それよりも問題なのは心のムカつきの方じゃ。
ムカッと思う一念は、それまで築きあげてきた修行の努力を一瞬で台無しにしてしまうパワーを持っているからじゃ。地獄がその度ごとに身近になるのは言うまでもない。
もうわかるじゃろう?
真の「ラスボス」は、オマエの心の中に生じる「ムカツキ」そのものなのじゃ。
もし、次にヤツがあらわれたなら、全力でそいつを撃ち滅ぼしてしまえ!」、とな。

そいつはワシの言葉を聞くと号泣しながら帰っていったのじゃが、それからというもの、人が変わったように温和な性格になったよ。


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