電気売りのエレン 第35話 by クレーン謙

ワシは一角獣が喋り出すのを聞いても、さほど驚きはしなかった。
エレンは、まるで狐につままれたような顔をして一角獣を見ていたが、ワシはいつかはこの日
がやってくると、信じていた。

ワシは何十年も前に読んだ「預言の書」の一節を思い出していた。

「言葉」を得た一角獣 この世の民に向け 語りかけん
この世の始まりを そしてこの世の終わりを

そのように「預言の書」に書かれておった。

何から語っていいのか、迷っている風の一角獣にワシは聞いてみた。
「・・・・『ヴァイーラの言う事を信じてはいけない』と『いにしえの言葉』でメッセージを
書いたのは、おまえかね?」

一角獣は、大きな顔をこちらに向けた。
頭から伸びた長いツノから、パチパチパチと音を立てて細かい電気のツブが飛んでいるのが見
えた。
「そう。あれはボクがジョーに書かせたんだ。ジョーを一角獣に変身させるには、大量の電気
が必要だった。・・・・ジョーが食べていた電気の実だけでは、あのメッセージを書かせるの
が精一杯だったんだ」

「君が・・・・いや、ジョーが電気の実を食べたり、電気を舐めていたのは、そういう事だっ
たのか!?」
とエレンは声をひっくり返しながら、一角獣に聞いた。

「ああ。さっきヴァイーラが撃った電気砲をジョーに当て、ようやくジョーを一角獣に変身さ
せる事が出来たんだ。危ない所だったけどね。・・・・・でも、それしか方法がなかった」

ワシは今まで起こった事や、「いにしえの書」で書かれていた事を思い出し、吟味してみた。・・・フム、確かに辻褄は合う。
一角獣がツノから電気のツブを放つのを見つめながら、ワシは聞いてみた。
「ときおり、ワシらの事を見ていたのはレイ、おまえかね?」

一角獣はワシの目を見ながら、ツノをピカピカと光らせた。
どうやら一角獣は、話をする時に大量の電気を使っているようだった。
「そう、ボクはあなたやエレンの動きを、最初からずっと見ていた。・・・・それに、とても
申し訳ないんだけど、君たちの考えている事も覗いていたんだ。君たち二人だけじゃない。レーチェルとゾーラの考えも覗いていたんだ」

「えーっ!!」
エレンとレーチェルが同時に叫んだ。
「僕たちの頭の中を覗いていたのか?僕たちが思っている事や、感じている事を?」
とエレンが顔を真っ赤にしながら言った。

「ごめん、あやまるよ。でも、君たちを助ける為には必要だったんだ」
と一角獣が、いや、レイが申し訳なさそうに言った。
なるほどな・・・・。旅の間に感じていた、あの気配はレイだったんじゃな。
ワシはどうしても知っておきたい事があったので、それを聞いてみる事にした。

「レイ、おまえがこの世の『創造主』なのかね?」

一角獣はツノをパチパチと光らせながら答えた。
「いや、ボクじゃない。実はというと、ボクの父が君たちの『創造主』なんだ。少し長くなる
けど、説明しよう・・・・・・」
そのように前振りをして、レイは驚くべき事を語り始めた。
ワシは注意深く、レイの語るこの世の成り立ちを聞いていた。
エレンも、ずっと耳を傾けていたが、話が進むにつれ、困惑したような顔になっていった。
レーチェルは、もはやレイの話を理解していないだろう。
ヴァイーラの娘、マーヤも話を聞いてはいたが、始終、その表情が変化する事はなかった。

・・・・・誰かが、なんらかの意図でこの世を創りだした、という事をワシは薄々と、気が付
いてはいた。
じゃが、その「誰か」とはワシらと同じような人間だとは、想像もしていなかった。
創造主、つまり我らの「神」はもっと神々しい存在だと思っておったが、その「神」が我らと
同じ人間だったとは!
この世には、実に様々な神の呼び方や、崇め方がある。
ワシは漁師たちが、海に落ちる雷を崇めている姿を思い出していた。

そして何より驚いたのは、ワシらの世界は、レイの持っている「人工知能」とかいう手のひら
程の大きさの機械の中にある、という事だ。
話を聞いているうちに、ひとつ疑問が出てきたので、ワシはレイの話を止め、それを聞いてみ
た。

「レイ、我らの世界は2年前に創られた、と言ったな。・・・しかしワシは何十年もこの世界で生きておるぞ」

一角獣はワシの発言に頷き、一呼吸おいて答えた。
「ボク達の世界と君達の世界とでは、時間の進み方が違う。君達の世界は、ボク達の世界より
も時間の進み方が早いんだ。こちらでは2年しか経っていなくても、そちらでは何十年、何百年も進んでいるんだ。・・・・・でも、君達の世界が随分とボク達の世界に似てきたので、今では殆ど同じ時間の進み方になっている」

ワシは、レイの話を頭の中で整理してみた。
我らの世界と「創造主」の世界とでは、時間の進み方が違う事は理解はできる。
じゃが、その「創造主」が死んでいるかもしれぬ、という話にワシは少なからぬ衝撃を受け
た。
他の人々に「神は死んだ」と伝えれば、恐らく誰しもが衝撃を受けるであろう。

「なるほどな・・・・。ところで、『いにしえの言葉』はそなたの父が創った言葉ではないか
ね?
ワシは『いにしえの言葉』を用い、創造主との接触を試みたが、失敗をして、村をひとつ消し
てしまった・・・・」

しばらく沈黙があり、一角獣はワシの事を見つめながら答えた。

「知っている。『魔術』の事だね?どうして魔術を使うと、何かが消えてしまうのか、後で説
明するよ。君達の世界で言う『いにしえの言葉』は、ボクらの世界では『プログラミング言
語』と言われている。・・・・つまり『いにしえの言葉』とは、君達の世界を構成している基
礎的な情報の事なんだ。ボクのお父さんは、人工知能に本物の生命を発生させる為、自分の思
想を『いにしえの言葉』というプログラミング言語に変換して、人工知能に書き込んだ。
『いにしえの言葉』で君達の世界は作られている、と言っていい」

ワシはレイの話を聞きながら、「預言の書」に書かれていた最初の一節を思い出してい
た・・・・。

最初に虚空ありし
虚空に雷鳴とどろき 「いにしえの言葉」現れし
「いにしえの言葉」が語りし 最古の言葉
最古の言葉が泣き 「水」となし
最古の言葉が笑い 「風」がふき
最古の言葉が怒り 「火」となし
最古の言葉が死に 「土」となる

――――続く

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