船室の窓から、月明かり射していて、外から、ザー、ザー、という音が聞こえた。
あの音が、海の音なのかしら?
あたしは、独りきりになってしまったお母さんの事を思い出して、泣いていた。
すると、ガチャリ、とカギが開く音がして、マーヤが部屋に入ってきた。
両手には、湯気がたつ小皿を持っていた。
「レーチェル、夕食を持ってきたわ。一緒に食べましょう」
とマーヤがあたしに言った。
あたしは泣くのをやめて、マーヤの顔を見ながら言った。
「あたしと?どうして?」
マーヤはあたしに小皿を渡しながら、羊皮紙に描かれた絵を取り出して、あたしに見せた。
「さっき夢でドラゴンと会ったのよ!そのドラゴンの絵を描いたの!」
マーヤが見せてくれた羊皮紙には、見た事もないような変な動物が描いてあった。
頭には大きなツノが二本あって、大きな口を開いて、火を吹いていた。
とても長い長い首の下の胴体には、コウモリのような大きな翼がついていた。
「レーチェル、あなたの住んでいる山にドラゴンがいるでしょう?私はね、会った人が見た『いにしえの動物』の事を夢で見る事ができるのよ!」
マーヤの顔は、いつもと違って生き生きとした子供の顔になっていた。
あたしはマーヤを怒らせないようにしながら、恐る恐ると答えた。
「やっぱり、あの電気ウナギはドラゴンだったのね?とっても、よく描けてるわ。・・・でも、あたしが見た電気ウナギは、もう少し小さくて、お口から、火じゃなくて電気を吐いていたわ」
「やっぱり、そうなのね!そうよ、このドラゴンはあなたの会った電気ウナギなのよ!ドラゴンが夢で私に言ったわ。『力をなくしてしまった。ああ、昔が懐かしい。昔は空を自由に飛びまわり、人間の勇者と一戦を交えたものなのだが。いまや、力をなくし、人里離れた川底で暮らすのは、なんと惨めな事か・・・』ってそのように、私に言ったの」
そう言いながらマーヤはお皿に乗った食べ物を食べ始めたので、あたしも、渡されたお皿から食べ物をとって食べ始めた。
マーヤは夢でドラゴンに会えた事が、とても嬉しそうだった。
マーヤは食べ物の粒を口の周りにつけながら、話を続けた。
「レーチェル、あなたの住んでいる山は、かつては妖精やドラゴンがたくさん住んでいたのね!今は『力』を無くしちゃって、蛍やウナギに姿を変えているけど。
でもね、もしゾーラが『魔術の国』を作ったら、再び妖精やドラゴンを本当に見る事ができるのよ!」
マーヤが、いつもと違って友達に喋るような感じで、話していたから、あたしも少し安心してマーヤに聞いてみた。
「ねえ、マーヤはどうして夢で『いにしえの動物』を見る事ができるの?」
すると、マーヤは声を小さくしながら答えた。
「私だけじゃないわ。今、そのような子供がとても増えているのよ。どうしてなのか分かる?
大人たちが『いにしえの言葉』を信じなくなってきたから。
『力』を無くした、いにしえの動物達は、子供達の見る夢の中でしか姿を保てないのよ」
レーチェルの話す事は、あたしには少し難しかったけど、夢の中でしか変な動物が生きられない、という事は、なんとなく分かった。
「そうなのね。・・・でも、あたしは夢の中で、妖精にもドラゴンにも会った事はないわ」
「レーチェルは、ドラゴンに本当に会って、お話をしたでしょう?そのような子は夢で見ないのよ。でもね、あたしみたいに夢で見るだけならマシよ。自分が妖精やドラゴンになろうとしている子供も増えているんだから」
あたしは、びっくりしてマーヤに聞いた。
「子供が妖精やドラゴンになっちゃうの?そんな子は、あたしの村には居なかったわ!」
マーヤは、さっきよりも小声になって答えた。
「居場所をなくした『いにしえの動物』は子供の心に取り付いちゃうの。都会の子供に増えているわ。都会では『いにしえの言葉』が完全に忘れ去られているから。
大人達は誰も気がついていないわ。なぜなら、姿かたちは人間の子供のままだから。
でも、心は完全に妖精やドラゴンなのよ。人間たちが『いにしえの言葉』を殺した、報いね。
いずれ、大人達は皆、思い知るわ」
マーヤの顔は元の冷たい顔つきに戻っていた。
「もう行くわ。ゾーラが一角獣がどこにいるか、知りたがっているから」
そう言いながらマーヤは、空になったお皿を持ち上げて、部屋を出た。
そして、扉を閉め、ガチャリとカギをかけた。
あたしは、また薄暗い船室でひとりきりになった。
すると、扉の上の方にある、小さな小窓が開いて、マーヤがあたしの事を覗き込んだ。
「レーチェル、あとでおやつを持ってきてあげるわ。とても美味しいお菓子をお父さんから、もらったの」
そのように言い残して、マーヤは階段をのぼり、伯爵とゾーラがいる船室へと向かっていった。
あたしのいる部屋は、とても静かになり、そして外から、ザー、ザー、という海の音が聞こえてきた。
――――続く
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