オオカミになった羊(後編2)by クレーン謙

今宵は四年に一度の狼月。
月が一番大きく輝く、オオカミにとって、最も神聖な夜。
狼月の夜には、オオカミ族が一堂に集まり、指導者を投票で選ぶ会合が催されます。

皆が集まったのを確認すると、オオカミ族の最長老は立ち上がり、月神に祈りを捧げ始めました。
月神はオオカミにとっての最高神であり、狩りを鼓舞する戦いの神でもあります。
祈りが終わると、最長老は腰から月の形をした剣を抜き、頭上に高々と挙げました。

「我が剣にかけ我は宣誓する。我らは、そなた月神に永遠の忠誠を誓う事を。どうぞ、我らオオカミ族に繁栄がもたらされますよう、見守りいただけますように。……誉れ高きオオカミ族に、栄光あれ ! 」

最長老がそのように言うと、群衆から「ウオーン、ウオーン!」と歓声があがりました。
月にまで届くかのような遠吠えがしばらく続き、やがて静まり返ると最長老が続けます。

「ーー今宵は、我らが指導者を選ばんとする聖なる夜じゃ。最も勇敢で、狼望のある指導者になるべき候補者の二匹、前へ出でよ」
最長老がそのように言うと、勇敢そうなオオカミが二匹、最長老の前へと出て首を垂れました。
最長老は月の剣で、そっと二匹の頭を撫で、群衆に向かい言います。

「皆も周知のとおり、フェンリルとミハリじゃ。……この者たちは、オオカミ族のなかで最も狼望のあるものである。今宵の投票で、どちらかの者かが、我らの新しき指導者となる」

フェンリルは立派なたてがみをたくわえた灰色のオオカミです。
他のオオカミよりもひと回り大きく、金色の目がギラギラと輝き、獰猛な顔をしています。
フェンリルは誰よりも強く、狩りの勇者として、そのカリスマ性で一目置かれていました。

ミハリは、そう、羊村のショーンと友達だったあのミハリです。
ミハリは立派なオオカミに成長していて、無骨ではありますが、どこか気品のある顔立ちをしています。
ミハリはその知性と見識の深さで、仲間から慕われていました。
オオカミ族には元々『歌』がなかったのですが、『歌』をオオカミ族にもたらしたのはミハリなのです。
ミハリが『歌』をどこから持ってきたのか、誰も知らないのですが、今ではオオカミの子供たちまでもが皆『歌』を歌います。

ーー最長老が腰に剣を収めると、投票が始まりました。
投票は水牛の黒い骨と、ヤギの白い骨を使って行われます。
オオカミ族は一列に並び投票箱の中へ骨を入れていきました。
黒い骨が多ければフェンリル、白い骨が多ければミハリが指導者となります。

投票が終わり、最長老は箱からザラザラ、と骨をテーブルに散りばめ数を数え始めました。
オオカミ族は固唾を飲み、最長老が骨を数え上げるのを見守ります。
オオカミ族は、フェンリル派とミハリ派に分かれていて、この選挙によって今後のオオカミ族
の運命が左右されるのです。
皆は声を潜め、「どちらが、我らの指導者になるのだろうか ? 」と小声で話しながら、最長老が数を読み上げるのを聞いています。

最長老は骨の数を数え終えると、丸太でできた椅子から立ち上がり言いました。
「フェンリル、135票。ミハリ、138票。ーーよって三票の差で、ミハリが我らの指導者となった事をここに宣言す ! 我らが新しき指導者ミハリ、前へ出でよ」

群衆の約半分から、歓声が湧き上がり、ミハリはうやうやしく最長老の前へと進み出ました。
最長老は腰から剣を抜き、それをミハリに手渡します。
「新しき指導者ミハリ、オオカミ族のシンボル、月の剣を受け取りなされ」

ミハリは持ち前の優雅な仕草で剣を受け取ると、それを月にかざしながら『オオカミの誓い三ヶ条』を復唱しました。新しく選ばれた指導者は『オオカミの誓い三ヶ条』を復唱するのが昔からの習わしなのです。

「……我らが守護神、月神に向け我は誓う。
1 仲間のオオカミを決して裏切るべからず
2 指導者たる者、身を犠牲にしてでも仲間の命を守るもの
3 月神の名におき、指導者の導きに民は従うものとする事を」

『オオカミの誓い三ヶ条』はオオカミ族にとり最も重要で、その誓いを破るのは死罪に価するほどなのです。
……ミハリは復唱を終え、腰に月の剣を収めると、新しい指導者を讃える遠吠えが群衆から響き渡りました。

その様子を憎憎しげな眼差しでフェンリルが見ています。
フェンリルとその仲間がミハリの事をよく思っていないのを、ミハリも重々承知していました。
フェンリルはミハリと違って羊族を嫌っており、いつかは羊の村を襲撃するつもりなのです。
フェンリルとその一派の強硬派は、壁で囲まれた羊村がオオカミ族の『聖地』であると主張しています。

「……我らオオカミ族は元々は、あの壁の中から来たという。しかし、羊族は我らをそこから締め出し土地を奪ったのだ。羊族は我らと異なる『太陽神』を崇拝しており、我らを異教徒として弾圧、差別している」

彼らはそのように考えていて、いつかは壁の中の羊村を我が物としようと画策しているのです。
ミハリも羊村が『聖地』である事には同意はしているのですが、無駄な争いは避けたいという立場でした。
このところ、オオカミ族と羊族の関係性が悪化しているのは確かなのですが、ミハリとしてはなんとかして羊族と和平を結びたいのです。

ミハリは子供の頃、羊村でショーンと遊んでいた事を思い出します。
『歌』を教わったのも、ショーンからでした。
かわりに、ミハリはショーンに狩りを教えました。敵から身を潜め、相手を追い詰める方法も。
あれから随分とたちますが、いつかはショーンと再会を果たすのを楽しみにしていました。

「争いを避ける為にも、どうにかしてフェンリルをはじめ、強硬派の一派を懐柔しなければ……」
賢明なミハリは、フェンリルをオオカミ軍の司令官として新政権に迎え入れる決定を下します。
このようにしておけば、フェンリルを監視下に置き、強行派の単独暴走を食い止める事ができる、と考えたのです。

フェンリルは新政権に自分も入るのを聞き驚きます。
ミハリの決定に、最初フェンリルはニヤリと満足そうな笑みを浮かべましたが、しかしフェンリルはオオカミ族一番の狩りの勇者。すぐに、この決定には裏がある事を見抜きました。
気を許す事なく、フェンリルは元の鋭い目つきに戻り、つぶやきました。

「フン、俺を監視下に置くつもりだな……。ヤツは何故だか羊のような匂いがする。信用ならんね。まあ、いつかは馬脚を現すであろう。いや、羊だから『羊脚』か……」
フェンリルは父から受け継いだ短剣を腰から抜き出し、月にかざしました。
「……わが父はかつては、最も勇敢で強いオオカミの指導者だった。月神よ我に勇気を。俺は必ずや聖地をわが同胞の元へと戻さんとする」

――――つづく

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