電車 居眠り 夢うつつ 第42回「キンドルで村上春樹を読む」

今年の夏休みは、猛暑を避けて家に閉じこもっていた。
初めの3日は家の片付けと掃除(そういう人は結構多かったのではなかろうか)。日頃散らかし放題の自宅を片付けるには、ちょうど良い機会だ。
まずは自分の書斎件物置を片付ける。つぎにベッドルーム。最後に、テレビのある和室。片付けに疲れるとテレビを見ながらゴロゴロ。
3日目に片付けがほぼ終わると、あとはテレビとゴロゴロだけになってしまった。
これはいけない。せっかくの夏休みにテレビを見てゴロゴロするしかやることがないとは。この上昼間っからビールの缶でも開けてしまったら、もう最後だ。いそいそとDIYで本棚作りを始めた家人に、大きく差をつけられてしまう。

こういう時は読書でもするのが良いのではないか、と思ったところで、そういえば友人の1人が、久しぶりに村上春樹の新刊を読んだと言っていたのを思い出した。
村上春樹。悪くない。私も二十代の頃はいっぱしの春樹ファンだったのだ。

クリスマス前の生協の書籍部に、例の表紙が赤と緑の2冊組の本が平積みされたのは、1986年のことだったか。それとも87年? ちょっと手に取るのが気恥ずかしくて、何度もその前を素通りし、結局手に取ったのは1月の末ごろだったと思う。
その本について友人に話すと、彼は「羊をめぐる冒険」の文庫版を貸してくれた。かくして私は春樹ファンになった。
30代の終わり頃には、すっかり彼の小説とは縁遠くなってしまい、もはやファンというより「元ファン」というほうが相応しくなってしまった。
猛暑とコロナで家に閉じこもる夏休みに、久しぶりに村上春樹を読むのも良いではないか。何と言っても今は電子書籍というものがある。猛暑の中家の外に出て、感染の危険を冒しながら街の本屋に行かなくても、居ながらにして本を買って読めるのだ。

実は私は、電子書籍を読むのはこれが初めてだった。本というのは紙でできているものだ、というのは思い込みかもしれないが、何となく電子書籍には手を出す気になれなかった。仕事で読む論文の類も、電子版をダウンロードしても、必ずプリントアウトして読んでいる。(同世代以上の仕事仲間は、皆同じようだ。)

「一人称単数」村上春樹

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今回私がダウンロードしたのは、キンドル版の「一人称短数」。短編集だ。初めてスマホで小説を読んだ感想はというと、「別に悪くはないな」という感じだ。普通に読んでいる分には、何も不便は感じない。むしろ読みやすい。前に読んだ部分で気になったところに戻ろうとすると、紙の本の方が場所の見当がつきやすいような気がするが、それも慣れの問題かもしれない。

さて、内容についての感想も少しだけ書いておこう。(あくまで個人の感想です。) 最初の一編を読み始めて、すぐに感じたのは、「何だか村上春樹みたいだな」ということだった。たしかに村上春樹の文体で、村上春樹的な登場人物で、村上春樹的ストーリー展開、村上春樹的雰囲気なのだが、なぜか昔のようにときめかない。2編目、3編目、4編目を読んでも、その印象は変わらなかった。
「ああ、これ、いかにも村上春樹の表現だよな」などと思いながら読み進めるのは、かつてのファンとしては切ないものであった。作者が変わったのか、読者である私が変わったのか。それとも、やはり電子書籍という形態の影響なのだろうか。結論を出すのは難しいだろう。小説を書くのは作者だが、それは媒体(この場合はKindleとスマホ)を通して読者に届けられ、読者が読むことで感情が生まれ、その時点で芸術作品として完結する。

最後から三番目と二番目の「謝肉祭(Carnaval)」と「品川猿の告白」は良かった。一番最後の表題作「一人称単数」はまだ読みかけだが、好きな感じだ。
作者や編集者の判断で、良い作品を最後にまとめたのか。それとも、読み進めるうちに私が電子書籍の形態に馴染んできて、作品の良さが分かるようになったのか。
しばらく経ってから、もう一度読み返してみようと思う。

(by みやち)

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