【 魔のにおい 】
「魔のにおい」といえば、あなたはどんなにおいを連想するだろうか。
「魔のコーヒー」のように「魔」はしばしば悪い意味ではない強調言葉で使われる。抗しがたい魅力、トリコになってしまうことまちがいなし、そうした意味で使われる。なので「魔のにおい」といえば、「禁断の香水」とか、そのようなエレガントなものを連想する人が多いかもしれない。しかし今回はもう少し現実的でシビアな話をしたい。
昨今はどこに行ってもマスク、マスク、マスク。人類はまるでマスクなしでは生存できないような光景だ。このような状況は新型コロナウィルス感染対策だけではなく、様々な弊害をもたらしている。そのひとつが「我々の日常生活からにおいが遮断されている」という現実がある。どこに出かけて行ってもにおいをかぐことができない。喫茶店やレストランでマスクを外してコーヒーや料理のかおりを楽しむことができても、そこから出る際にはまた着用しなければならない。
こうしたストレスを見透かしたように、いま、我々の日常生活に忍び寄る「魔」がある。「余計なにおい」が蔓延しているという疑惑があるのだ。しかもそれが「余計なにおい」程度のことであれば、さほど問題ではない。においなど、まさに吹けば飛ぶはかない存在だ。
問題にするべきは、その「余計なにおい」が「人工の産物」であるがゆえに、我々の隣人に不快な思いをさせ、それどころか我々自身の体をも、じわじわと汚染しているという疑惑があるのだ。こうなるともう「あら、いいにおいねぇ」などと言って気分良く笑っている場合ではない。ふわりと流れてきたそのにおいがあなたの隣人をドンビキにさせ、あなたの健康をじわじわと害しているとしたらどうだろう。これこそまさに「魔のにおい」だ。
………………………………
【 柔軟剤は必要か 】
そこでまず聞きたい。あなたは「柔軟剤を使う派」だろうか。もしそうであれば、柔軟剤など使用しなくとも、今まで洗濯は十分にできていたはず。なにゆえにわざわざ洗濯に柔軟剤を追加する必要があるのか。たぶんその答えは「柔らかい肌触りになる」とか「好きなにおいがする」とか、そういうことではないだろうか。要するに企業広告がうたっているメリットをそのまま信じているからだ。ところがドイツの環境省は、柔軟剤を「その効果に関して最も疑問点の多い日用品」であると報告している。
そもそも柔軟剤というのは人工溶剤である。合成香料であり、合成染料であり、しかも防腐剤まで入っている。こんなものを洗濯のすすぎ時に追加して、広告がうたう「いいことずくめ」で、本当にめでたしめでたしだろうか。
「特に問題はない」と思っているあなた、幸いである。しかしそれは隣人が花粉症で苦しんでいる様子を見て同情はしても、自分自身が全くそうではないので「特に問題はない」と思っているのと同じかもしれない。いや同じどころか、花粉症はあなたが原因ではない。しかし「あなたが使った柔軟剤が隣人を苦しめている」と言えば、あなたは「そんな馬鹿な」と笑っていられるだろうか。
お疑いであれば、Yahoo検索で「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」と検索していただきたい。すると「国民生活センター」の情報が出てくる。
国民生活センターとはなにか。独立行政法人である。したがって(過当競争下の)民間企業がそれぞれ勝手にうたっている広告よりもはるかに信頼性が高い。
「広告は嘘だ」とは言わない。しかしあなたもすでに「うすうす感じている」ように、広告というものは競合他商品に打ち勝つために考案されたレトリックである。そこにうたわれたメリットを右から左に信じるのは非常に危険だ。その商品が過当競争下にあればあるほど危険だ。
2008年度14件、2012年度65件、2014年度以降928件。
これは相談件数である。国民生活センターによせられた「柔軟剤のにおいに関する相談」なのだ。もっとはっきりと言ってしまうと、「相談」というよりは「苦情」なのだ。以下は国民生活センターのサイトより抜粋した報告(2020年)である。
国民生活センターでは2013年に、PIO-NETに寄せられる「柔軟仕上げ剤のにおい」に関する相談件数が増加傾向にあるとして情報提供を行いましたが、それ以降も「柔軟仕上げ剤のにおいがきつくて頭が痛くなる」などの相談情報が毎年一定程度(年間130~250件程度)寄せられています。
【 攻撃するにおい 】
そもそも「におい」は、人により感じ方が全然違う。昨今では柔軟剤メーカーがそれぞれ競って「気持ち良いにおい」や「においのバリエーション」などを宣伝している。その宣伝合戦はあたかも香水のPRのようだ。しかしあなたが気にいって買った柔軟剤のそのにおい、まさか「みんなこれは気にいるはず」なんて安易に楽観的に思っていないでしょうね。そんなことはありえない。ありえないどころか「人によっては即座に顔をしかめるほど不快なにおい」というのが現実なのだ。
しかも「におい」というものは、
(1)その「におい」が気に入る。よく使うようになる。
(2)その「におい」に慣れてしまう。
(3)その「におい」があまりしないように感じる。
(4)その「におい」をますます強く求めるようになる。
……という悪循環に陥ることをご存じだろうか。
こうして「におい」の虜になってしまった人は、
オーデコロンを体にスプレーしたり、
ファブリーズ(ルームフレグランス)をそこら中にスプレーしたり、
柔軟剤を使って洗濯したり、
濃厚なにおいのバスボム(固形入浴剤)を湯船に放りこんでお風呂に入ったりする。
猫や室内犬が近くにいたら、ぶっ飛んで逃げるかもしれない。彼らはそのにおいが嫌いなのだろうか。そうではない。彼らは身の危険を感じて逃げるのだ。
香料アレルギーの人が増えている。
偏頭痛に悩まされている人が増えている。
ぜん息やアトピーの子どもが増えている。
あなたにとって「関係ない」ことですか。その原因を作っているのは、あなたが気に入って衣類に付着させ、そこらじゅうにばらまいている「魔のにおい」かもしれない。
………………………………………* 魔のにおい・完 *
魔談が電子書籍に!……著者自身のチョイスによる4エピソードに加筆修正した完全版。amazonで独占販売中。
専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。