
【第五十話】
事故によってラストランのイベントが中止になった対応に追われていた、東鉄社員の田中たちの元へ、一台の車が近づいてきた。
「あの……。駅に行きたいんですけど、その駐車場って、今日は使えないんですか?」
尋ねたのは章子だった。彼女は、父親の起こした事故について、鉄道会社に詫びに来たのだ。
「すいません。今日は、イベントやってたんで、使用禁止なんです」
「あの、イベントは?」
「中止になりました。ちょっと事故があって」
「もしかして、駅の方ですか? その事故を起こしてしまった運転手の娘なんです。お詫びさせて頂きたくて伺ったんですが……」
章子が田中に連れられて、駅事務所に来た時、降籏は、平林からの連絡を待っていた。
平林は、ラストランの運行を中止し、通常運転への切り替えることを上層部に掛け合うため、車で30分ほどの本社に行っていた。
「降籏さん、事故起こした人のご家族の方がいらしてます。……ってなんか、めっちゃ電話鳴ってますけど」
「外線でしょ? さっきからそうなんだ」
「出ないんですか?」
「どうせ連中だ。今日のラストランはやるのか、という問い合わせ」
「もう知ってるんだ、事故のこと。で、やるんですか?」
「まだわからない。今、平林さんが本社で話し合ってる」
「じゃ電話に出て、そう言ったらいいじゃないですか」
「きりがないんだよ。そっちに出てる間に、平林さんからの連絡があると困るし。だから……」
降籏は田中の横に立っている章子に、改めて気づいた
「……あ、すいません。私は東信州鉄道株式会社の降籏と言います」
「お忙しいところ、誠に申し訳ございません。私は、林章子と申します。この度は、父が大変ご迷惑をおかけしてしまいまして。何と言ってお詫びしてよいのか……」
「お父様にお怪我は?」
「ありがとうございます。父は大丈夫みたいです。私も、直接会うことはできてないんですが、警察の方の話では……」
「認知症の奥様が行方不明だとうかがいましたが……」
「そちらは昨晩、明科駅で見つかりまして」
「そうだったんですね。それはよかったです」
「あれ? 姨捨ではぐれちゃったんですよね? 明科とは、またえらく離れたところで」
田中が不思議そうに尋ねる。
「父が見てない時に一人で電車に乗ったみたいなんです。母の実家は明科が最寄り駅だったので、つい乗っちゃったのかもしれません。本人、全く覚えてないんですけどね」
「そうでしたか……。娘さんは、こちらの人?」
「いえ。私は東京に住んでいます」
「じゃあ、わざわざいらしたんですね」
「はい。昨日の夜、明科の交番から連絡があって」
そこに、新一が鶴子と子どもたちを連れてやって来た。
「どうしたの?」
「なんか、お義母さんが来たいって言うから」
「車は?」
「あそこの駐車場に停めさせてくれた。ちょうどキッチンカーが出て行ったから空いたんだ」
「そうなんだ。お母さん、どうしたの? トイレ?」
鶴子はキョロキョロと辺りを見渡している。
「ここ、こんな駅だった?」
「そうですね。ずっと変わってないですけど……」
「いや。立て直してるよ。40年くらい前だと思うけど」
降旗とは別の声がして振り向くと、平林が立っていた。
「あっ! 平林さん。戻ってきたんですね」
「何度も電話したのに、出ないんだもん」
「ほらー。だから言ったのに……。降籏さん、外線だから出なくていいって」
「なんで出ないんだよ」
「だって外線にかけてくるとは思わなかったので……」
「外からなんだから、外線にかけるに決まってるじゃないか」
「だって、内線で繋がるじゃないですか。本社とも」
「携帯からかけてるんだからさあ」
「あの……」
「あっ、すいません。私は東信州鉄道の平林と言います。そう。この駅舎は立て直してるんですよ。40年くらい前かな」
「そうよね? こんなじゃなかったもの」
「え? お母さん、この駅、知ってるの?」
「うん。お父さんと出会ったところよ。この駅で、お母さん、間違った電車に乗ってたことに気づいて、お父さんが降ろしてくれたの」
「……あっ。それ、もしかして、昔言ってた、切り離し車両がどうのこうのってやつ? この駅だったんだ……」
「何?」
新一が尋ね、章子たちの代わりに平林が答える。
「もしかして『急行志賀』のことですか? 親父に聞いたことがあります。昔は、上野から直で、錆温泉に行く急行があったらしいです。志賀高原へスキー客を運ぶために。久代駅で車両が二方向に分かれて、片方はそのまままっすぐ信越本線を北上して、もう片方がここから東鉄の線路に乗り入れて錆温泉に行ったんですよ」
「へえ……。知らなかった」
「俺、親父も東鉄の社員だったからさ」
気がつくと、降籏と田中の他にも、中村と山田が来ていた。
「そんなのあったんですね……」
「昔は、結構需要があったんだよね、久代線も」
「お客様は、それに乗っていらしたんですか?」
田中が微笑みながら、鶴子に尋ねた。
「ええ。もう何年前かしら? 若い時ね。私は、篠ノ井の伯父が危篤になって慌てて上野から電車に乗って。いつもは、あずさに乗って中央線だから、あんまりこっち方面の電車には乗らないから知らなかったのよ。分かれちゃうこと。で、偶々隣に座ってたお父さんが、助けてくれたのよね」
「じゃあ、じいじとばあばは、それで知り合って結婚したの?」
萌が目をキラキラさせながら尋ねた。鶴子は少女のように頬を赤らめて頷いた。
「それでここに来たんだ、お父さん。……あっ、父が大変なことをしてしまいまして、本当に申し訳ございません」
「ああ。でも列車の運行には何も支障ないので」
「でも……。今日廃線すると聞きました。イベントも中止になったとか? せっかくご準備されたのに。本当に申し訳ございません」
「大丈夫ですよ。そう言えば、さっき、警察から連絡があって、意識不明の方、意識が戻ったそうです。もう大丈夫だろうということでした」
「あっ! そうなんですか。よかった……」
「駅にも電話したそうだよ。降籏、お前それも出なかったのか」
「すいません。例のラストランの問い合わせの電話が多くて……。そういや、どうなりました? やるんですか?」
「ラストランか? あれは中止だ」
「えーっ! じゃあ、払い戻し? よく上が許しましたね」
「仕方ないだろう。こんなことがあったら」
「ああ……。本当に申し訳ございません」
「いやいや。そうじゃなくて。……私は、むしろこれでよかったと思ってるんです。そもそも、派手にしたくなかったんです。いつものように走って、いつの間にかいなくなる、そんなふうにしたかったんですよ。だから、ちょうどいいんです」
「じゃあ、SNSに流しますよ。中止の連絡」
「頼む。イベント会場のほうは、もう対応終わったんだな?」
「はい。今日のところは」
「よしっ。じゃあ、これからが大変だぞ。みんなで、久代線が最後までちゃんと走れるよう、守りぬくぞ」
「わかりました」
降籏たちはそう言って、各々、やるべきことを果たしに行った。
一人残った平林が、鶴子に向かって、「もしよかったら、最後、乗ってってください。本当はご主人と乗ってもらえたらよかったけど……。お客さんが乗らなかった線路の先を是非見てほしい。今日で本当に最後なので」と言った。
鶴子が頷いて、「お父さんと、乗りたかったわね」と呟いた。
【完】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第五十話、最終回です! いかがでしたでしょう。ラストラン目前、失われつつある鶴子の記憶ですが、決して色褪せない部分にいた古い駅舎、かつてたくさんの人を運んた列車。「これでよかった」という久代線の潮時に居合わせた、家族の一日。たいていは静かに、でも時には劇的に訪れる「潮時」が描かれた物語でした。山ガール・サリーやフラダンス教室の面々、そしてご当地アイドルたちはこの時、何を思っているのでしょう。ぽつぽつと窓から手を振る人のいる、走り去る幻の電車を見送るような気持ちです。あなたは何を感じられたでしょうか? 次回はエッセイをお届けします。どうぞお楽しみに。
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