白黒スイマーズ 第4章 ヒゲの小石チェーン店(2)


「いらっしゃいませぇ」

豆絞りの手ぬぐいを被った阿照(あでり)が、「ヒゲの小石チェーン店~ホドヨイ区海岸通り55号店~」のドアを開くと、中から媚びたようなオスの裏声が聞こえてきた。しかし、その声よりも阿照の気を引いたのは、陳列された商品、数々の小石である。決して輝かない鈍い濁った灰色の小石は、どれも程良く薄汚れていて、ペンギン的に魅力抜群である。そう、人間にとっては、ダイアモンドやロレックスやルイヴィトンに相当するものが「小石」なのである。

阿照はペンペンと夢遊病者のような足取りで小石に吸い寄せられるように近づいた。

「これはこれは、阿照さんではないですか。いらっしゃいませぇ」

名前を呼ばれて我に返り振り向くと、そこには、裏声の主であるヒゲペンギンの比毛ボーボ(ひげ・ぼーぼ)がフリッパーをニギニギしながら立っている。

ヒゲペンギンは、大きめの中型のペンギンである。クチバシの下の顎に沿ってカーブを描く細く黒いラインが特徴的で、このラインは「ヒゲ」と呼ばれている。

ヒゲペンギンの比毛は、この小石店の経営者だ。最近、チェーン店55号として、この店を新規開店したばかり。いかにも金満家といった比毛のヒゲは、貫禄十分である。

「あ、僕だって分かりましたか……?」

阿照は、照れ臭そうに、豆絞りの頭を掻いた。

「分かりますとも。最近、おさかな商店街の皆さんは、頭に何か乗せたり、付けたりするのが流行っているんですねぇ」

比毛は、フリッパーも揉みしだきつつ続けた。

「先ほどご来店の慈円津(じぇんつ)さんは、可憐な純白のねじりハチマキを巻いておられた。王さんは、頭に黄金の豪華なカチューシャを付けてらっしゃるし、黄頭(きがしら)さんは、頭の上に可愛らしい新種のクラゲちゃんを乗せておられる。そして、阿照さんは、とてもハイセンスな豆絞りを頭に被っておられますねぇ」

「はぁ、だって、忘年会で……」

阿照は下を向いた。比毛は、「ケケケ」と喉の奥まで見えるほどクチバシを広げ笑った。金満家……というより、成り金特有の笑いにも感じられる。

「あ・失礼。いやぁ、あの忘年会の阿照さんの求愛ダンスは素晴らしかったぁ!私、感動しましたぁ!」

「え……そうかい?」

褒められた阿照は、素直に受け止め、豆絞りの中の瞳をキラキラさせている。

「し・か・し、阿照さん。あのままじゃダメですね。今時のメスペンギン達が好むのは、これですよ」

そう言うと、比毛は、棚に置いてある箱から付けヒゲをつまんで取り出すと、阿照の目の前でチラチラと振ってみせた。先ほど慈円津が持っていた付けヒゲと同じ物である。

「これをこう付けて、下ろしたフリッパーの先だけを直角に外に曲げて、腰を落として、足をぴょこぴょこ上げてリズミカルに歩く」

「……それは!?」

「むろん、ヒゲダンスですよ!」

比毛はまたケケケと笑った。

「このダンスで、メスはイチコロですな。そうそう、この付けヒゲは、残念ながら非売品なのですぅ。この店の小石を一定額以上購入したお客様にノベルティとしてお渡ししています。阿照さんもいかがですかな?素敵な小石を購入し、さらにモテる付けヒゲもゲット!一石二鳥で良縁成就!ケーケケケケケッ!」

「買います!買います!」

阿照はペンペンとして夢中だ。

「いっぱい買ってくださいね。いっぱい買うと、いっぱい買っただけすっごくモテるから。ケケケ!」

鼻息荒く小石を選ぶ阿照の様子をヒゲは揉み手をしながら見ている。阿照は、目を皿のようにして小石を物色し続けている。

「あれ?この小石……」

陳列している小石の中に、見慣れた形がある。

「比毛さん、この小石……」

阿照が、比毛に質問をしようとした時、店のドアがそっと開いた。

「いらっしゃいま……」

比毛の媚びた裏声は、二人の痩せたペンギンが中に入ってくると同時に途切れた。

そのペンギンは、フンボルトペンギンの兄妹、分堀戸(ふんぼると)ボルルとルトトである。妹ルトトは、兄ボルルの後ろに隠れるようにしている。

兄のボルルが、絞り出すように言った。

「比毛社長……今日はお話があって……」

ボルルは、乾いたあかぎれのフリッパーを握りしめながら続ける。

「……小石工場での仕事についてです。僕たち、毎日ノルマでもうクタクタです。もう限界なんです……!」

それを聞いた途端、比毛は怒鳴った。いつの間にか、比毛のフリッパーには小石が握られている。

「お前ら!勝手に抜け出してきたな!契約書に契約条件が書いてあるだろう!その通りだから、こちらには非は全くない!職務怠慢だ!歯向かうなど毛頭許さん!社則によりペナルティーとして、1日のノルマを小石3億個と付けヒゲ5億個に増加、かつ、労働時間1日20時間に延長だ!」

「え……そんな……。契約書って……。だって、最初と話が違う……」

「なんだとっ!反論するのか!?社則により、今月の給料なしだっ!」

比毛は怒鳴り散らし、分堀戸兄妹を威嚇しながら、ゆっくりと近づいてゆく。

「……あ、え……!」

ボルルとルトトは、比毛の剣幕に圧倒されて後退した。比毛は、おびえる分堀戸兄弟にじりじりと迫ってゆく。圧倒的な体格の差だ。ついに、比毛は、脂がのった大きな腹でボルルとルトトを、店の外にボインッと押し出してしまった。

「フンボルトごときがっ!」

比毛は二人に向かって持っていた小石を投げた。小石は、ボルルのフリッパーをかすめ、ルトトの頭ギリギリで飛んでいき、後方の草むらへと消えていった。

「3秒で工場に帰れ!さもなくば、来月も給料なしだ!」

仁王立ちした比毛は、野太い声で分堀戸兄妹を大喝すると、ドアをバタンと大きな音を立てて閉めた。そして、一呼吸置いて、クルリと阿照の方を振り向いた。フリッパーをニギニギしている。

「阿照さん、お買い上げ商品はお決まりになりましたかぁ?」

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第4章  ヒゲの小石チェーン店(2)、いかがでしたでしょうか?

王さんの話にちらりと出てきた比毛ボーボさんがいよいよ登場。ヒゲペンギンはアデリーペンギンと近い種類のペンギンで、地球では南極周辺に住んでいます。ペンギン界随一のスタイリッシュなカラーリングのアデリーペンギンにやっぱり似ていますが、あごのヒゲ模様に何とも言えない愛嬌があります。しかしこの世界の比毛さん、まさかの悪徳商人!?ボルルとルトトがどうなるのかハラハラしつつ、待て、次号!!

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