
【第四十一話】
久代線のラストランイベントで、まさかのタレント登壇?!
平林の唐突な問いかけに、そこに居た東鉄社員の降籏、山田、田中、中村、村井は、一様に驚きを隠し切れない。
「えっ。ちょっとよくわからないです。山……?タレントを呼ぶという話ではなく?」
降籏が困惑の表情を滲ませながら、尋ねた。
「それなんだけどさ……」
何かを言い出そうとする平林の言葉の前に、その空気を察することなく山田が尋ね、話題は思わぬ方向へと流れていく。
「へえ……。平林さん、山登りするんスか?」
「まあ、ちょっとね。一昨年くらいから」
「娘さんと一緒に?」
「まあね……」
紅一点の田中が、驚きと共に幾ばくかの感心を滲ませながら、尋ねた。
「娘さん、おいくつなんですか?」
「11歳。でも最近はあんまり一緒に歩いてくれないんだよね」
「でも山には行くんですよね? いいですね。僕も将来、娘とそういうこと、したいなあ」
山田が羨望の眼差しを送る。
「いやいや。さすがに、二人では嫌がるんだよ」
山田の目から一瞬にして光が消えた。
「なるほど。奥さんもご一緒?」
「いやいや。うちのは、山は全くだよ。興味もないんじゃないかな」
「じゃあ、誰と行くんですか?」
なぜか少し不満気な山田に、平林は、期待させて申し訳なかったと言わんばかりに答える。
「雑誌の企画でさ、有名な山ガールが名物編集長と行くツアーがあって……」
「山ガール! いいですねえ」
再びテンションを上げる山田に、再度水をかけるように平林が答えた。
「いやあ。ガールっていう歳でもないんだよね、実際。こんなこと言って、申し訳ないけど。でもなんか、娘がその人のこと好きなんだよ。雑誌で連載してるんだけど、毎回、楽しみにしててね」
「何ていう雑誌ですか?」
「ガクケイっての。山の雑誌」
「ああ!知ってますよ。サリーですか?」
「そうそう。それ。山田君、よく知ってるね」
「俺も山、やるんで。ガクケイは愛読書っス」
山田のドヤ顔を横目に、それには全く触れず、田中が言った。
「娘さん、まさに山ガールなんですね。でも、そもそも山に登るきっかけは、お父さんである、平林さんの影響? それとも、最初からそのサリーって人に憧れて?」
「いやいや。影響を与えるほど、やってないからね。俺が山登りし始めたのは、最近」
「そうなんですか」
「会社のメタボ健診で引っかかって、うちのにも運動やれって言われて、ジムとか行っても面白くないし、ここは山近いし。どうせなら、山でも登ってみるかって」
「なるほど……」
「そしたら娘も行く、ってなって」
「お父さんと一緒に行きたいって?」
「そうなんだよ。最初は俺がいろいろ連れ出したんだけど、だんだん娘のほうが夢中になってってね。最近は、あんまり一緒に登ってくれないんだけどね……」
「娘さん、一人で行くんですか? 11歳で」
「いやいや。一緒には行くんだよ。でも途中で〝お父さん遅いから、私、先に行くね〟って放っておかれるんだよね」
「それって、もしなんかあったら、危ないッスよね」
山田が、二人の会話に割って入る。
「そうなんだけどさ……。ついていけないんだよ、俺」
「じゃあ、先に頂上とか行っちゃうんスか?」
「いや。さすがにそれは……。少し離れたところで、待っててはくれるんだ。つかず離れずっていうか」
「それって、お父さんと一緒にいるところを見られるのが恥ずかしい、的なやつなのかもしれませんね。スピードの話とかじゃなく」
田中の一刺しに、さすがに少々傷ついたそぶりを見せる平林に、慌てて田中がフォローを入れた。
「ま、年頃だから」
「そうなのかなあ……。前に二人で登ってる時、山の中で急に〝トイレ行きたい〟って言い出したんだよ。でも、そうそうトイレなんてないじゃん? だから我慢しろって言ったんだけど〝お父さんにはわからない!〟って怒り出したことがあって」
「……えっ、もしかして、それから一緒に行ってくれなくなったんですか?」
「そうなんだよ……。そんなに腹、痛かったのかな?」
小さく何度も頷きながら、田中は小声で「なるほど」と呟いた。
「で、サリーと一緒なら娘さんと一緒に歩けると思って応募したんスか?」
「そう! そしたらさ、当たっちゃったんだよね。結構な倍率だったらしいんだけど」
「すごいじゃないスか! で、いつ行ったんスか?」
「それがさあ……。出発日当日の朝に、その編集長って人が亡くなっちゃってさ。無くなっちゃったんだよね……」
「えっ! なんスか、それ。当日?」
「そうなんだよ。娘、泣いちゃってさ」
「ですよね……。その人抜きでは行けなかったんですか?」
田中が尋ねた。
「なんか、企画自体が、元はその編集長のためのツアーだったらしくて。その人が、その山ガールと読者と一緒に歩きたいっていうことで企画されたみたいでさ」
「名物編集長ですからね。あの雑誌では」
山田が補足した。
「そうなんだ……」
「延期もなし?」
「うん」
「それは残念ですね……」
「でもさ、その山ガールって人が、娘のこと、すごい気にしてくれてさ、個人的に連絡してくれたんだよ。いつか一緒に行きましょうねって。あれからずっとスマホで連絡取り合ったりしてるみたいで」
「へえ、いい人」
「おとなの事情もあるからさ、仕方ないじゃん、そういうの。死ぬ日なんて自分で選べないし。その山ガール、大町あたりに住んでるみたいなんだけど、アウトドア系のイベントもいろいろやってるらしいんだよ。トークショーとか。割と人気があるんだってさ」
「なるほど。じゃあその山ガールになんかやってもらう、っていうのを考えてるわけですね?」
降籏が、これまでの話を整理するように、平林に尋ねた。
「そういうのもいいかなって……」
「それって目玉になるの?」
田中が訊き、山田が平林の代わりに答えた。
「サリーが来るなら、見たいって人はいると思います」
「平林さん、呼べるんですか?」
「まあ、娘経由で訊いてみるよ」
「わかりました。じゃあ、お願いします。他はどうします? その企画だけでいいですか?」
降籏がさらに尋ねた。しばしの沈黙の後、中村が発言した。
「やっぱり町の人たちに楽しんでもらいたいと思うんですよね。だから、町の人たちの趣味をお披露目してもらうとか、どうです?」
皆、一様に頷いた。
「あ、うちの叔母がフラダンス習ってるんですけど、そういうのは、どうですか? 地元のイベントとかにも出たりしてるみたいだし、割とやってる人、多いみたいなんです。町にも幾つか団体あるみたいだし」
「フラダンスね……。まあ、それもありかな。賑やかしとしては、華があっていいかもね。他はありますか? 営業企画的な視点でどうですか? 村井さん」
指名された村井は、このメンバーの中で平林に次いで年長だったが、これまであまり積極的に発言をしてこなかった。
会議では、参加者にまんべんなく発言してもらうことが望ましい。
そう思ってやまない降籏は、プロジェクトリーダーとしての責務から、村井がこういう場で発言するのが苦手だとわかっていながらも、自分より年上の村井を指名したのだった。
先程の屋台の場面に次いで、再び指名された村井は俯き、暫く熟慮した後、言った。
「……カラオケとか、は?」
村井以外のメンバーは、村井の答えに内心ずっこけながら、その素振りを必死に隠していた。平林を除いて。
「ベタだねえ。カラオケとフラダンスか……」
場の空気を読まない平林を睨みながら、田中が反応する。
「いいじゃないですか、ベタ」
「あと、ガールじゃない山ガールのトークショーですよね……」
「パッとしないは、しないっスよね……」
「ちょっと中村君! 失礼よ。女の人は、いくつになっても女子なのっ! 山田さんまで。パッとしないって何?! 人気あるんでしょ? そのサリーって人」
「いやいや。田中だって、内心、そう思ってるだろ?」
「まあ……。でも、他にお金かけないで呼べる人って……」
山田の指摘に、田中がさっきまでの勢いを弱めた。
「そうだっ! ご当地アイドルってのは、どうっスか?」
「そんなのいるの?」
「います、います。〝杏乙女〟っていうのが」
「山田さん、詳しい……」
「そっか。山田は鉄オタじゃなくて、アイドルオタなんだな」
そう言うと、平林はニヤッと笑った。
「違いますよ、やめてくださいよ」
「まあまあ。どっちでもいいよ。で、そのあんず何とかというアイドル、呼べるの?」
「うーん。オファーしてみないとわからないけど、地元のイベントですからね。予定なければ、来てくれるんじゃないスか?」
「出演料は? 高かったら無理だよ」
「ちょっとわかんないっスけど、言ってもご当地アイドルですからね。そんなにしないんじゃないっスか?」
「何人組なの?」
「五人です」
「何歳くらい?」
「下は十三、上が二十九ですね」
「結構、幅あるね」
「そうっスね」
「やっぱ詳しいじゃん。普通、知らないよね」
「だから違うって」
「へえ……」
商品企画部の山田と田中の、ただの先輩後輩とも違う雰囲気を感じながら、降籏がまとめる。
「じゃあ、ステージのメインは、そのアイドルのミニライブと、山ガールのトークショー。その他に、地元の皆さんのカラオケとフラダンス、ということでいいでしょうか」
「あの……、ラストランのイベントなのに、鉄道モノがなくても、いいでしょうか?」
徐に、村井が訥々と発言する。降籏がすかさずフォローを入れる。
「確かに……。なんか子ども向けのイベントも欲しいですよね」
「……じゃ〝クッシー〟呼びます?」
「それですね! あと、そうですね……子どもたちに歌とか歌ってもらうのは?」
「カラオケじゃなくて?」
「違う違う。そういう欲全開みたいなんじゃなくて、もっと心が清らかになるようなやつ」
「中村君、さっきからちょいちょい毒入るよね」
「そうですか?」
田中に指摘された中村は、飄々としていた。
「まあ、いいけど……。じゃあ、子どもたちの……合唱?」
「それいいね。無邪気な感じで。どうせなら、ちっちゃい子のほうがいいかもしれないね。希望があるじゃない。会社にはないからさ、希望。せめてそれくらい欲しいよね」
平林の自虐的な発言を受け、先程、田中に毒を指摘された中村が応じる。
「やめてくださいよ。僕、入ったばかりなんだから」
「ごめんごめん。じゃ、保育園とか幼稚園とか、あたってみてくれるか? 営業に任せていいか?」
村井と中村が頷いた。
「そういや、廃線したら、クッシーってどうなるんですか? あれ、久代線のゆるキャラですよね?」
中村が尋ね、平林が答える。
「そう。10年前、川東線から独立して残されたとき、作ったの」
「じゃあ、久代線がなくなったら……」
「なくなるねえ、たぶん」
「悲しいですね」
「……あっ! だったら、子どもたちに〝ゆりかごの歌〟とか歌ってもらうの、どうよ? クッシーと一緒に」
「なんで? ゆりかごの歌?」
田中が不審そうに平林を見つめた。
【第四十二話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第四十話、いかがでしたでしょう。これまでの連作エピソードがつながってきました、ガクケイに連載を持つ山ガイド・サリーと、サリーに影響されてかっぱえびせんの限界に挑戦した少女に、フラダンス教室、ご当地アイドル杏乙女! これまで出てきたそれぞれのお話の1回目にリンクします。他のお話にも、ちょっと登場する人物や話題が今回の内容と関わっています。
サリーが主人公のお話
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平林の娘・夏恋が主人公のお話
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次回もどうぞお楽しみに。
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