
神以外のものを神として礼拝してはいけない
第1話はこちらです。
敬子は、ため息を吐いた。
連休明けには夫が戻ってくる。それなのに、準備が全く進んでいない。
夫の和雄が、先月、脳梗塞の発作を起こして自宅で倒れ、救急車で運ばれた。
幸いにも比較的軽症で、右半身と言葉に少し後遺症が残ったものの、医師の見立てでは、これまで通り自宅で生活することができる、とのことだった。
手足の後遺症については、病棟でのリハビリによってかなり回復し、手すりにつかまりながらではあるものの、自分で歩いてトイレにも行けるようになっていた。だが、言葉のほうの回復は、なかなか容易ではなかった。
一番辛いのはおそらく、自分の意思が率直に他者に伝わらないことに苦しむ和雄本人なのだろうけれど、そのもどかしさを何の遠慮もなく、剥き出しの感情のままにぶつけられる敬子もまた、非常な苦しみを感じていた。わかってるつもりだ。だけど辛いのだ。
(お父さんは、いっつも八つ当たりしてくるから)
嫌な気持ちの時には、嫌な記憶が蘇る。敬子は、どんどん気持ちが沈んでいくのだった。
そんな沈んだ気持ちに拍車がかかる。
部屋が片付かないのだ。
(いつになったらこれ、退けてくれるのかしら?)
玄関のすぐ隣にある、一階の8畳の和室の襖を開けて、ため息を吐いた。
その視線の先には、鉄道模型のジオラマがあった。
その和室は元々、義母の部屋だった。そこで、敬子は義母の介護をした。
今みたいに、老いた親をすぐ施設に入れることができない時代だった。
そんなことをしようものなら、近所の人はおろか、どこでその情報を仕入れてきたのか皆目見当がつかないが、普段つきあいのない、遠い親戚筋からも「非道な嫁だ」と非難された。
介護は大変だった。
最初は姑根性丸出しで、わざと呆けたふりをして嫌がらせしているんじゃないかと疑われた義母も、最後は本当に呆けて、親を慕う娘のように敬子になつき、従順になった。
それでも、自分の時間など全くない先の見えない介護に、敬子は押し潰されそうになっていた。
永遠に続くかと思われた生活は、3年で終わりを告げた。
義母は死んだ。最後はあっけなかった。
介護ベッドを返却して、部屋から介護にまつわる全ての物がなくなって、漸く介護から敬子が解放されるようになった頃、同居していた息子の信義が、自室に入りきらない鉄道模型を並べ始めた。
車両は少しずつ増え、いつしか線路が伸び、山ができ、谷がうまれ、水の流れない川が流れ始め、部屋ひとつ分のジオラマになった。
敬子にとっての辛い記憶の温床だった8畳の和室は、旅情を感じる癒しの空間になった。
最初はそう感じられたことに喜びを覚え、息子に感謝の念さえ抱いた。
でも、ジオラマは所詮ジオラマ。
景色が変わるわけでもないし、どこに行くわけでもない。
同じところをただぐるぐると回り続けるその光景を、次第に鬱陶しく思い始めた。介護が終わってもまだ、誰かの世話をし続けなければならない自分と重なった。
だから、独立して出て行った息子に、片付けてくれと言ったのだ。
嫁と暮らす新居に持って行けないなら、せめて自分の部屋の中にだけ留めておいてくれ、と。
それなのに、息子は「余ってる部屋なんだからいいじゃないか」と、のらりくらりして、一向に片づけてくれなかった。それどころか、逆に車両が増え、足の踏み場もないくらいになってしまっていた。
そして今回、夫の介護問題が生じた。
さすがにあの足で、階段を上り下りすることはできない。敬子と和雄の部屋は二階の洋室だ。退院後には、和雄だけ、かつて自身の母が過ごしたあの部屋に移動させるつもりだった。
「連休明けにはお父さん、退院するの。お父さんのベッド、電車置いてある部屋にしか入れられないでしょう」
「お母さんたちの部屋に入れたらいいじゃないか。お父さんが元々使ってたベッドは、捨てるなりなんなりして」
「お父さんには階段、無理よ。二階にはトイレもないのよ」
「リハビリだよ。トイレは一階ですればいいじゃん」
「右足麻痺してるのよ。手すり持って伝い歩きしてるんだから。階段の上り下りなんてできるわけないじゃない。しかもあの階段、昔のだから急だし。夜中にトイレに行きたくなったらどうするのよ?」
「お母さんはお父さんに甘いんだよ。無理だったら、オムツさせればいいじゃん。夜の間だけでもさ」
「はあ。とにかくあの部屋は片付けて。前からお母さん、言ってるよね。ここは私たちの家。アンタの家は別にあるでしょ」
「だって持ってけないもん。持ってけるなら、持ってくから」
「じゃあ、せめて自分の部屋に入れて」
「入るわけないじゃん。俺の部屋、6畳だぜ。ジオラマは8畳の部屋だから置けるわけで」
「入らないなら捨てなさい」
「そんなことできるわけないでしょ! 俺にとっては神様みたいなものなんだからね。あのジオラマ。只見線のジオラマなんだから」
只見線とは、福島と新潟の間にある山の中を走る鉄道路線だ。
数年前の台風で、沿線に甚大な被害を受けて何年も運休になり、廃線が囁かれていたが、全国にいる熱烈な只見線ファンと地元の応援によって、奇跡の復活を遂げていた。
敬子は、その只見線とやらに乗ったことがあった。
信義に誘われ、病気になる前の和雄と孫の梢と4人で、いつもは青森のほうを走る列車が特別にその日だけ只見線を走るイベントに、連れて行かれたのだ。
電車こそは息子が全て手配したが、その他の食事や宿代は全て敬子たちが支払った。
つまり財布として連れて行かれただけなのだが、それでも、その沿線の風景は本当に素晴らしく、連れて来てくれた息子に感謝もした。
実際の只見線は、あの8畳の和室で同じところをぐるぐる回るのとは、大違いだった。
開放感があった。開け放たれた窓から入ってきた新緑の匂いも心地よかった。
「母さんだって、楽しんでたじゃない。只見線、行ってよかったって言ってたよね?」
「実際の只見線はよかったけど」
「模型はダメなの?」
「ダメとかどうとかじゃないの。あの部屋を使うの。だから空けてって言ってるの」
「だからさあ、あの部屋使わなくたっていいじゃん。部屋、たくさんあるんだから」
「介護ベッド置くにしても、出入りするにしても、あそこが一番使いやすいの。だからおばあちゃんだって、あそこにいたのよ」
「元々ばあちゃんの部屋だったからじゃん」
「あれは、お父さんがこの家建てる時に……って。もう。いいから。お願いだから、退けてちょうだい。この連休中に何とかして。アンタ、休みでしょ?」
「いやいや。休みだけどさ、予定はあるから。いろいろ」
さっきまでリビングに居た孫の梢が、いつの間にかやって来て言った。
「お父さん、片付けな。おばあちゃん、かわいそうじゃん。お父さん、いっつも私に言うでしょ。おもちゃ片付けなさいって。私、片付けるよね?」
「いや、だから。梢のおもちゃとは違うんだよ。只見線だから。お父さんにとって、これ、神様なの。神棚とか仏壇とかと一緒! 神棚や仏壇、片付けたりしないでしょ?」
小学2年生の梢はフーッと息を吐いて、言った。
「神様って……。そんなこと言うぐらいなら、復活しなきゃよかったのに。元がないってことは、神様もいないってことでしょ? だったら作る必要もないよね? なくなればいいんだよ、只見線なんて。廃線希望!」
「なんて罰当たりなこと言うんだ。それに馬鹿だな。なくなったら、余計価値が上がるんだよ」
「もういいよ。……おばあちゃん、私、ママに言う。ママと一緒に連休に来るから、一緒に片づけよう、これ。ママもきっと手伝ってくれるから、三人でなくしちゃおうよ」
そう言うと、梢は携帯を取り出して、電話をし始めた。
「ちょ、ちょっと待って。ママには……」
慌ててそれを止めようとした信義が、足元に置かれた模型の箱に躓いて転んだ。
と同時に、機械が動き出す音がした。ジオラマの只見線が、走り出していた。
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『デカローグ』第二話、いかがでしたでしょう。この作品は、ホテル暴風雨10周年記念企画「10」にちなんだ10話連作の物語です。ポーランドの巨匠・クシシェトフ・キェシロフスキ監督の『デカローグ』リスペクト(くわしくは連載予告のエッセイを)。さて今回は十戒の第二、
2.偶像禁止:神以外のものを神として礼拝してはいけない
が隠されたテーマということなのですが……息子の崇める「神」こと只見線の小型レプリカであるジオラマがその「偶像」、と見えます。神がいなければ偶像も要らないという孫。神がいなければ余計偶像の価値が上がると反論する息子。たしかに、神の存在が不確かだから偶像を作るという面はなきにしもあらず? そしてその争いを終わらるかこじらせるかするだろう「ママ」こと嫁は異教の神か? などなど、今日もどこかの家庭で起こっていそうな小事件が神と偶像の宿る場所に見えてくる作品でした。ポーランドから日本に舞台を変え、現代日本の普通の景色に物語を刻む『デカローグ』峰歩バージョン、次回もどうぞお楽しみに!
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