
父母を敬わなければならない
今回の朝ドラ、またクソおやじ系。長生きすんだろうな
#朝ドラ反省会
秀子は、スマホにそう入力して「ポストする」のボタンを押した。
ピコンと小さな音がして、画面に今入力した文字が表示された。瞬く間にハートやリツイートの数が増えていく。今日もいい感じだ。
朝ドラのタイトルに〝反省会〟の文字を付けてハッシュタグにする。
タイトルだけのハッシュタグは「ドラマ肯定派」の、反省会付きのハッシュタグは「ドラマ否定派」のキーワードだ。
最近は「わざわざ〝反省会〟とか付けて、ドラマ批判するくらいなら、見なきゃいいのに」という、至極もっともな意見が主流だが、文句言いながらも見たい人だっているのだ。
肯定する意見が好まれるように、否定する意見も尊ばれるべきだ。それこそが多様性だろう。耳触りのいい言葉だけを選んで触れたいなら、敢えて〝反省会〟の扉を開かなきゃいい。そのための棲み分けなのだから。
秀子はドラマを見るのが大好きだ。
中でも朝ドラは、小学生の頃から50年以上見てきた。
歴代の朝ドラのタイトルや主人公はもちろんのこと、そのあらすじも大体頭に入っている。ちょっとした、データベースだ。
先日、娘ほどの年齢の職場の後輩に、「おすすめの朝ドラを教えてほしい」と言われ、嬉々としていくつか紹介したら、「ちょっと混ざっちゃいそうだから、リストアップしてほしい」とお願いされた。
「まるで、職場近くのおすすめランチを教えてほしい、みたいなノリですよね」
10コ下の後輩、舞が言った。
「確かに」
「先輩に〝リストアップしろ〟ってなかなかじゃないですか? 業務ならまだしも。若い子のやることは、想像の斜め下、来ますよね」
「まあね」
そう答えながら、秀子は内心「業務だったら腹が立つけど、ドラマならいいのよ」と思っていた。おすすめのドラマを聞かれることは、秀子にとってこの上ない自負であり、喜びでもある。
だから、午後からは仕事そっちのけで、職場のパソコンでリストを作った。
年下の上司に画面を覗かれそうになったとき用に、業務画面を重ねて開きながら。
そうしてできた、おススメ朝ドラリストは、我ながら秀逸な出来栄えで、思わず誰かに自慢したくなった。娘のようなあの子にだけ渡すのはもったいなく思え、スクリーンショットで画面をキャプチャーして、自分のスマホのメールに送った。あとでこれをポストする。またフォロワーが増えるかもしれない。
そう考えると、残りの仕事もはかどって、いつものように残業なしで帰ることができた。
帰りしな、例の子に職場でプリントアウトしたそれを渡したら、「すごい!ありがとうございます!」と喜んでくれたので、嬉しくなった。
翌日、その子がやってきて言った。
「なんか、朝ドラのヒロインの父親って、クソ親父ばっかじゃないですか?」
「え? もう見たの?」
「はい。あらすじだけですけど」
「あらすじだけ?」
「毎回は15分かもしれないけど、全部見たら、結構な時間になるじゃないですか」
「そうね。大体6ヶ月で130回くらい放送があるから……」
「32時間半!」
「そうね。それぐらいかな」
「ですよね? そんな時間費やすの嫌だから」
「へ?」
「だから、あらすじだけ見たんです、とりあえず。先輩がおススメして下さったドラマの」
「……あ、そうなんだ」
「そしたら、ヒロインの父親って大体働かないとか、お金や女にだらしないとか、貧乏で」
「まあ、ね。でも、そうじゃないものあるよ」
「はい。いいお父さんもいますよね。でも、そういう理想の父親的なのは、大体早く死ぬんです。クソ親父は長生きしてて」
「ああ……。まあ」
あらすじしか見てない割には、的を射た感想を持つなあと、秀子は密かに関心していた。さすが、コスパ・タイパに長けているZ世代だ。本質を見抜く力があるのか。それとも、それぐらい朝ドラの底が浅いのか。
「なんか、腹立ってきちゃって。先輩は平気なんですか?」
平気なのか?と問われて初めて、「ほう」と秀子は思った。
よくよく考えてみたら、確かに理不尽な設定のヒロインが多い。
でも、朝ドラはそういうものだと思っていた。そこに疑問を持つこともなく、ただ漫然と半世紀見てきたのだ。喜んで。
「どっちにしたって、完全に、親ガチャハズレですよね」
親ガチャハズレか……。
最近、時々テレビで見かけるこの言葉。
親は、子どもをある程度選別することができるけれど、子どもは、生まれる親を選べない。
誰かの親と自分の親を比べた子どもが、自分の親やそこから派生する自分自身に劣等感を覚えた時、この言葉が使われるのだろう。
「それに、こんなの見てると〝長生きしてるのは嫌な人間〟みたいな先入観ついちゃいそうじゃないですか」
「実際そうじゃない? いい人は早く死ぬじゃん」
二人の会話に割って入ってきたのは、舞だった。
「そんなことないですよ! うちのおじいちゃん、92歳だけど、めっちゃいい人ですよ」
「へー」
舞と秀子から出た音が重なる。トーンの異なる汽笛のようだった。
そしてそれがまるで出港の合図だったかのように、始業のベルが鳴った。
秀子は昨夜、家で娘に言われた言葉を思い出していた。
娘の優希は、30歳を超えた今も実家暮らしで、親である秀子たちに養ってもらっている。
アルバイトはしているが、稼ぎは全て推し活なるものに費やしており、家に一銭も入れていない。食事や洗濯、掃除などの家事も全て、母親である秀子に丸投げだ。
経血で汚れた娘のパンツを手洗いしながら、秀子は自らの育児がどこで失敗したのかを考えていた。
「お母さん! そんな洗い方、しないでよ。そのショーツ、高かったんだからね」
突然の声に驚いて身を窄めたら、後ろに優希が仁王立ちしていた。
「あ、ごめん」
反射的に謝った。
言葉が口から出た瞬間、「なんで私が謝らなきゃいけないのよ」と思った。だから言った。
「気に入らないなら、生理のパンツぐらい、自分で洗いなさい」
すると優希が言ったのだ。「親ガチャ、ハズレたわ」と。
頭に血が上るのが分かった。胸が締め付けられ、息が苦しくなった。
後先考えず、口から出た。
「こっちこそ、子ガチャハズレよ」
睨み合う母娘。膠着した時間。
その時、洗面所の横にあるトイレの中から、水が流れる音がした。
「あっちこっちにガチャガチャあるんだなあ。うちは、ガチャステーションだ」
そう言って扉を開いて出てきたのは、夫だった。
「お父さんが、一番ハズレだからねっ」
優希が口を尖らせて言った。
「おー、こわっ」と言いながら手を洗う夫を見て、秀子は心で「大当たり」と呟いた。
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『デカローグ』第五話、いかがでしたでしょう。この作品は、ホテル暴風雨10周年記念企画「10」にちなんだ10話連作の物語です。ポーランドの巨匠・クシシェトフ・キェシロフスキ監督の『デカローグ』リスペクト(くわしくは連載予告のエッセイを)。さて今回は十戒の第五、
5.父母:父母を敬え
が隠しテーマ。というか、そんなに隠れてないですね。幼稚園の標語に「みんななかよく」なんてあるのは、ごく幼いうちから人間はみんな仲良くなんかしないから。同様に、「父母を敬え」なんて教えがあるのも、そうそう父母なんて敬わないからなのでしょう。それにしても、親なら親を「ガチャ」に例える時、それは我が身の不幸を嘆く気持ちとセットなわけで、「**ガチャ」とは**でハズレを引く理不尽を表す言葉。でもよく考えれば、みんなガチャは大好き。何が出てくるかわからないモノに課金する時、コスパもタイパも度外視してワクワクしている。つまりガチャを敬っていると言っていい。ガチャを敬う気持ちを思い出せば、いろんなものが解決しませんか、神様? と、現代版十戒に「ガチャを敬え」を入れることを提唱してみたりしつつ、次回もどうぞお楽しみに!
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