魔のオブザーバー(1)

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「魔のオブザーバー」とはいったい何事かと思われたかもしれない。じつは大した話ではない。今回は「笑える魔談」である。なのでいつも「魔談」には警戒し敬遠している女性諸氏も、今回はそうしたガードを解いていただいて大丈夫である。なおかつ今回は女性にとって「まず見ることができない世界」を詳細に描写するので、その点では大いに興味を持って笑っていただけるのではないかと勝手に思っている。

まあ前口上はさておき、「魔のオブザーバー」とはだれか。ぼくである。いったいなにを観察するというのか。銭湯における男たちを観察するのである。それがなんで「魔」なのか。じつは銭湯におけるぼくという存在は、「ここまで観察しているとは、お釈迦様でも……」というぐらいに周囲の男たちを楽しんで、ひそやかに、じっと観察しているからである。悪趣味と言われてしまえば「まったくそのとおり」と同意するしかないが、しかしとにかく面白い。興味深い。奥が深い。誰にも迷惑をかけていない。なのでやめるつもりはない。

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さて銭湯。男性が最も無防備状態で、あらゆる女性の目を意識することなく、ありのままのレットイットゴーで自分をさらけ出している場所。これはもうまちがいなく男湯であり、なおかつ「おひとりさま」である場合だろう。
ぼくは中学生の頃から銭湯好きだった。自宅で風呂が湧いていても、自転車を10分ほど走らせて近所の銭湯によく通った。
「どこ行くの?……銭湯!……ホントあんたは好きやねぇ。まあキレイ好きな男は女の人に嫌われるコトはないからええけど」なんて調子で母親が呆れるほどだった。中学生の頃はそのように銭湯を好む確たる理由などなく、「とにかく気分ええから」程度の理由であったように思う。しかして京都を出て東京の大学に入学し、東京の広告代理店に入社し、フリーとなって歩くようになっても相変わらず「お、こんな所に銭湯があるぞ」と見つけると、その数日後にはいそいそと入りに行った。ウナギ屋さんの前を通るとフワリと流れてきたカバ焼きの香に誘われてついフラッと店に入ってしまう人は多いと思うが、銭湯の前を通ると高い天井に反響するカラーンというケロリン風呂オケの反響音に誘われてついフラッと銭湯に入ってしまう男は珍しい、かもしれない。ともあれぼくはそういう男である。

そんな男がじつに様々な男湯で「ゆ」を楽しんでいる間に発見したことがある。街ではまず見ることがない「男の生態」が、ここにはあるわあるわ。ここに気がついた。これが面白くて仕方がない。そこで帰宅してから、長らく引き出しにしまっておいた白紙手帳を活用することにした。題して「男湯百態」。この「魔談」はそこから生まれている。

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【 その1:カバオ 】

サウナを完備している銭湯は多い。やはり「サウナがある」というだけで喜ぶ男が多いからだろう。サウナに水風呂は欠かせない。サウナがあっても水風呂がないと非常にがっかりする男はきっと多いに違いない。かく述べるぼくもまさにそうだ。観察のしどころは「サウナを出てきた男がどのように水風呂を楽しむか」。これである。ここが面白い。

ある男には「カバオ」と名づけた。小太りの彼はサウナから出てくると鼻息も荒く水風呂に突進する。まさに「もう待ちきれない」という欲望ムキダシ状態。もうもうと水蒸気のように立っている汗ぐらい流せよ、と思うのだが彼はその一刻も猶予ならんらしい。ザッパーンッ、という感じで水風呂に飛びこみ、しかもあろうことか頭まで浸かり、しかも水中で1回転している。周囲の男性が呆れて眺めていても全くお構いナシだ……というか彼は水中なので気がつくハズもない。さらにもう1回転を追加してようやく気がすんだらしく、ヌォーッという感じで顔を出し、ゆるゆると水から上がった。驚いたことに浴槽の水は3分の1ほど減っていた。彼が意気揚々と去ったあと、別の男は舌打ちするような渋面で水を蛇口いっぱいに開けてザァザァと入れ、なおかつ浴槽から水が溢れ出すまでしばらく入らなかった。じつによくわかる。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )
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