頑張れ!横浜流星。無罪逃亡映画「正体」、そしてボクシング映画「春に散る」

NHKの新しい大河ドラマ「べらぼう ~蔦屋栄華乃夢噺~」が始まった。主人公は江戸時代の蔦屋重三郎である。この時代のメディア王らしい。よく知らない人物だが、初回の放送はこれからの展開に期待を持たせた。主役を演じるのが横浜流星。

この名は本名だそうで、まあスゴイ名前だなあ。彼の映画出演作を4本見ているが、昨年12月に観た「正体」は中々面白かった。因みに、昨年の映画賞レースの先陣を切った報知映画賞の作品賞と主演男優賞、助演女優賞を獲得している。

監督:藤井道人 出演:横浜流星 吉岡里帆 森本慎太郎ほか

監督:藤井道人 出演:横浜流星 吉岡里帆 森本慎太郎ほか

予告編が面白そうだったので期待して見に行ったのだが、傑作だった。冒頭、刑務所で若い囚人がガラスで口の中を切り、救急車で病院に搬送される。すると、その囚人である鏑木(横浜流星)がむっくり起き上がり、救急隊員を殴って車を止め、脱走することに成功する。彼は、東村山一家惨殺事件で死刑判決を受けて拘置されていたのである。
鏑木は、大坂の万博建築現場で働いたり、東京に戻ってきてフリーのライターになったりしながら逃亡生活を送り、自分の身の潔白を証明しようとする(正直、どうやって雑誌社で採用されるのか、きちんと描かれてなく、脚本の粗さを感じる。しかし、その後の展開が面白いので目くじらは立てない)。

クライマックスは、長野県諏訪の老人ホームで展開するシーンだ。このホームには事件の重要目撃者がいるのだが、鏑木はそこに職員として入る。若い女性職員のうっかりしたSNS利用で、自分がそこにいることが露見するのだが、彼はそのSNSを逆手に取ることになる。
彼をずっと追う警視庁刑事の又貫(山田孝之)も到着し、鏑木と対峙した又貫は銃を構える……娯楽映画だが、ハラハラドキドキの映画なのだ。

横浜流星は、高校生、刑務所の囚人、現場作業員、ライター、介護職員など、いくつもの役柄を見せて熱演している。
ラスト近く、又貫の「何故、逃亡を続けたか」という質問に対する鏑木の答えには、ひねくれた私のような爺さんでも、胸にグッとくるものがあった。養護施設育ちの彼が「人間を信頼したかった」と答えるのだ。
袴田巌さんの再審が通った今の時代を反映している映画である。ヒューマニズムが加わっているのがいい。

監督:瀬々敬久 出演:横浜流星 佐藤浩市 山口智子 橋本環奈ほか

監督:瀬々敬久 出演:横浜流星 佐藤浩市 山口智子 橋本環奈ほか

横浜は23年の映画「春に散る」にも出演しているが、これも中々いい。横浜はボクサー役を熱演。原作は沢木耕太郎の小説。重い心臓病を抱える元プロボクサー広岡(佐藤浩市)が、家庭的に恵まれない環境にある若者の黒木(横浜流星)にボクシングを教え、世界タイトルマッチを戦うストーリー。
実際に、中学時代に極真空手の国際大会で優勝したという横浜が、リアルなボクシングシーンを見せる(何回か出るクロスカウンターが鮮やか)。若さの勢いで前へ前へと進もうとする懸命な若者だ。右目を失明する可能性を持ちつつも、日本人の世界チャンピオン(窪田正孝)と戦うのである。
ラストシーン、流星が荒川の土手を走るショットでは、感情移入したのか、黒木負けるな、そして流星頑張れと心の中で叫んだほどだ。

この映画、爺さん達にも優しい視線を向けているのがいい。片岡鶴太郎(実際にボクシングをやっている)、哀川翔の元ボクサー爺さんが、黒木を支えることで自らも再起していくのだ。他に意外や、山口智子がボクシングジムの2代目オーナー役として存在感を示し感心した。
総じて地に足の着いたリアルな描写がなされ、貧困の問題、格差の問題、実家の家の解体、親子の問題など、現代日本の問題が意識されているのもいい。
ラスト近く、カメラが俯瞰で捉えた、公園の満開の桜の花吹雪も映画的に素晴らしいショット。横長シネスコの画面が、荒川の土手で練習するシーンに空間の解放感を与えている。

好きな映画をもう一本! 冒頭の蔦屋重三郎は、小説家の滝沢馬琴とも交流があったらしい。その、滝沢馬琴、すなわち「南総里見八犬伝」を書いた戯作者の生涯を描いた昨年の映画「八犬伝」も満足した作品だった。
江戸時代の戯作者滝沢馬琴が小説「八犬伝」を創作していく28年程の過程を、友人との交流や家族の変遷と共に描くのが主眼だ。しかし、並行して、その「八犬伝」の物語が随所に差しはさまれる構造だから両方楽しめるのだ。
馬琴を演じた役所広司もいいが、絵師の葛飾北斎を演じた内野聖陽がいい。このアーティスト、自然体で豪快でむさくるしくて、でも絵が上手く中々魅力的。

(by 新村豊三)

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