白黒スイマーズ 第3章 ホドヨイおさかな忘年会(1)


昼時の海というのは太陽の熱を程よく蓄積している。スイマーズにとっては、大変泳ぎやすい状態だ。しかも、今日はとても良い天気。漁に絶好のペンギン日和と言えよう。

そんな海の波間に、ぷかりと一人のペンギンの丸く黒い頭が現れた。ゆらゆらと波に揺られ次第に全身が顕になってゆく。波に打ち上げられるように浜辺にあがったそのペンギンは、白く縁取られたつぶらな瞳をニ三度瞬きさせて、大義そうに膨れた腹を左右に揺らしながら起き上がった。そして、白黒のしなやかな体をブルっと震わせた。水飛沫が、なめらかな曲線を描いて煌めきながら散ってゆく。

海から上がりたてのみずみずしいそのペンギンは、プロマイド店の店主、阿照である。漁をして沢山の魚を胃に納めてきたようだ。いつもにまして、ふくよかな腹である。太っている方が美しいとされるペンギンの美意識からすると、大変魅力的。かつ、本人も満たされた魚欲のため、いかにも満足そうだ。そんな阿照はぽてぽてペンペンと歩き出した。

「今日のおさかなランチも美味しかったなぁ」

ひとりごちて魚の味を思い出した。

阿照が経営するプロマイド店は、固定客でそこそこ繁盛はしているが、大繁盛と言う程でもない。なので、客が来なそうな日は、新鮮なランチを食べるために昼休憩を設けて、その間は店を閉めるようにしている。

「まだ、時間があるな……。皇帝さんの店に寄って行こう」

おさかな商店街のアーケードに取り付けられている時計を見た阿照は自分の店に帰らず、隣の皇帝の店、氷屋に寄っていくことにした。

「あ、阿照さん、いらっしゃい」

「わ!混んでるね!」

皇帝の店は氷屋だ。氷の販売を主としてしている。しかし、最近、店に飲食ブース「喫茶 皇帝」を設けた。慈円津の商売への情熱に触発されて皇帝も新しい商売に手を出したのだ。良いと思うことは何でも素直に取り入れる、それはペンギン連鎖である。

阿照は、唯一空いていた奥のテーブルの席に座り、手慣れた様子で、メニューも見ずに注文をした。

「おさかなフラッペ、今日のトッピングはイワシとオキアミをマシマシペンペンで」

「はい、オーダー了解!……っと、今日は阿照さんの注文で完売だな」

皇帝は、早速自慢のゴッカン区特産の氷を削りだした。極上にフワフワのカキ氷が雪のように降り積もる。皇帝は仕上げにその上にシロップをたっぷりと降り注ぐと、イワシとオキアミを周囲にトッピングした。

「はい、お待ちどうさま!」

阿照の目の前に置かれたおさかなフラッペは、まるで、ゴッカン区の氷山のようである。……が、その上には、茶色く香り高い魚醤がたっぷりかけられている。

おさかなフラッペを目の前にした阿照は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。先程、海でおさかなランチをたらふく食べた阿照であるが、デザートは別腹である。

早速、パクリと一口頬張った。美味い!今日も、変わらずにおさかなフラッペはマーベラスに美味しい。

「皇帝さん、今日の氷も最高だね!」

「そうでしょう?ゴッカン区の氷は世界一なんだよ。あ、もちろん、シロップに使っている慈円津さんの魚醤も世界一だけどね」

皇帝は、阿照と話しながら店のドアに向かった。そして、ドアノブに「おさかなフラッペ完売しました~喫茶皇帝は閉店/氷屋は営業中~」のポップを外に向けてかけた。おさかなフラッペは、数量限定で出しているため、完売後は飲食ブースのみ閉めることにしている。喫茶を閉め、ようやく仕事が一段落した皇帝は、一息つくために、阿照の前の席に座った。

「我々が住んでいるゴッカン区は大分寒くなってきたよね。だから、氷の美味さも一際なんだよ」

皇帝は、クチバシの奥を誇らしげに少し鳴らした。

「そうだね、ゴッカン区は寒くなってきたね。だけど、ホドヨイ区は、一年中同じホドヨイ気温だからな。いつもながら通勤すると不思議な気分だよ」

「確かに」

阿照は、トッピングのイワシをクチバシに運ぶ途中に思い出したように言った。

「そうだ!皇帝さん、今年のおさかな商店街の忘年会ってどうなってるの?王さんから連絡きた?」

皇帝は、両フリッパーを大仰に上に向け、なで肩をすくめてみせた。

「全然。会長の王さんが忘年会の音頭をとらなければ、今年はお流れかな……」

「最近、王さん……だものね」

阿照はそう言うと丸ごとイワシを飲み込んだ。

「あれ?またお客だ」

店の入り口のドアの磨りガラスに何やら大きな影が写っている。

そのシルエットの天辺には、二本の細いツノのような長い突起がついている。プレゼントを持ったトナカイか?もしくは、アンテナを付けた宇宙人か?はたまた、スレンダーなツノを持つ赤鬼か?いや、青鬼か?やっぱ、赤鬼か?

「もしや……?」

阿照は、二つ目のトッピングのイワシをフォークに刺したまま丸い目でドアのシルエットを凝視している。

「……うむ、そうだな……」

阿照と皇帝は、意味ありげに顔を見合わせると、二人同時に魚臭いため息を漏らした。

( つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第3章  ホドヨイおさかな忘年会(1)、いかがでしたでしょうか?

おさかなフラッペ、おさかな大好き、特にゴッカン体質のペンギンたちにはたまらないことでしょうね!食べてみたいような怖いような……さて王会長の様子がこの頃少〜し変ね♪でいつもとちょっと違うホドヨイおさかな商店街に、怪しいツノのある何者かがやってきた!阿照さんと皇帝さんはわかってるみたいですが、誰!?

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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