白黒スイマーズ 第8章 小さな二人の大きな商売(1)


アザラシが現れなくなったホドヨイ区の浜辺は平和である。今日もペンギン達は、優雅にスススイーっと海を泳ぎ、漁に勤しんでいる。プロマイド店の阿照キュー太(あでり・きゅーた)も、いつものように昼に店を閉め、ランチのために海に向かっていた。近づく海面の光が阿照の魚欲をダイレクトに刺激する。

ペンペンと海に向かい歩いてゆくと、海から上がってこちらに近づいてくる一人のペンギンが阿照の目の中に入った。カチューシャ型の頭部の白い模様、鮮やかな赤いクチバシにオレンジ色の足。ジェンツーペンギンの中でも一際美しい容姿を持つ慈円津サエリ(じぇんつ・さえり)である。

「やぁ、慈円津さん。今日はカチューシャ屋は休みかい」

「あら、阿照さん、こんぺんは。休みじゃないわよ。順子に留守番を頼んできたの」

そう言うと、慈円津は、魚で満たされた丸い腹をペンと叩いた。

「海が平和になって良かったね」

「ええ、そうね。あの『アザラシ事件』は、ホドヨイ区の重要な歴史になったわね。で、その事件のことで聞いたんだけど、クラゲくんって本当のクラゲじゃなかったんでしょ?」

「そうだね、僕も王さんから聞いたよ」

阿照が王から聞いた話は、『アザラシ事件』と名付けられて、すでにホドヨイ区では周知されていた。ついでに、「これは絶対に内緒なんだけど」と聞いていたクラゲが新種のクラゲではなく破れたビニール袋だったという話も、誰もが知っている事実となっていたのだ。

慈円津は、体を震わせ水しぶきをたて、話を続けた。

「私、順子がマナー教室一日体験コースを受講しにいったとき、ロイヤル紅茶館に一緒について行ったの。その時、ちょっとした事があって、クラゲくんをつねったのよね。その感触が何だか普通のクラゲとは違っているな、と不思議に思ってたんだけど、ズバリ当たったわ」

鼻息荒く話す慈円津のクチバシからは、新鮮な魚の芳香が漂う。阿照はその魚香に生唾を飲み込むと、魚達が待つ海へとジリジリと近づいていった。

「ビニールかもしれないけど、クラゲくんはかわいいからな」

阿照は、一歩海に足を踏み入れて慈円津に答えた。

「なんか、あのコ、癒されるのよねぇ~」

慈円津は、頰にフリッパーを当て、クラゲを思い出しているようだ。

「小さいしね」

すでに阿照は腹まで海に浸かっている。

「小さいといえば、古潟(こがた)さんと羽白(はねじろ)さんもだけど……」

早く漁に出たい阿照の様子など構う事なく慈円津は話し続けた。

「小さくて可愛いけど、あの人たちは、気が強いからなぁ」

海から顔だけを出して、つぶらな瞳を慈円津の方を向け、阿照は返答をした。

「そう言えば、あの二人、新しい商売を始めるみたいよ」

まだまだ話し足りない慈円津を残し、魚欲に負けた阿照は海の中へと消えていってしまった。

* * *

コガタペンギンの古潟ダイ吉(こがた・だいきち)とハネジロペンギンの羽白オサ夢(はねじろ・おさむ)は、とても小さい。小型ペンギンに分類されるペンギンなのだ。大型ペンギンの皇帝ペンギンの3分の1の身長であり、体重に至っては30分の1。コガタペンギンは、全体的に青白い色が特徴で、最も体躯が小さい。そのコガタペンギンよりも少しだけ大きいのがハネジロペンギンだ。ハネジロペンギンの体色は濃い灰色で、フリッパーは白で縁取られている。コガタペンギンとハネジロペンギンの両者に共通している点は、他の種族のように直立歩行ではなく前のめりになって歩くこと、そして、夜行性であること。また、住んでいる場所も同じヌルイ区だ。この2種は親戚でもあり、とてもよく似ていて、しばしば間違われることもある。

「おい!羽白、今日も中途半端にでかいな」

「なんだよ、古潟、一番小さいからって威張るなよ」

開店準備をしている古潟が、隣の店の羽白に声をかけた。喧嘩をしているような口ぶりだが、単にじゃれあっているだけである。体が小さい分、気が強いのだ。

「羽白、お前んとこの『羽白組』、もうかっているようだな」

「おう、ぼちぼちペンペンな。お前んとこはどうなんだよ?」

羽白は建築業『羽白組』を営む、大工の棟梁である。ホドヨイ区のみならず、他の区からの建築依頼も多く、繁盛しているようだ。

「うちんとこも、ぼちぼちペンペンだな」

古潟は、そう言うと、「水のことなら古潟水道店」と書かれたのぼり旗を前のめりに歩きながらも器用に店の前に設置した。古潟は、水道店を営んでいるのである。

「お!お前のハチマキかっこいいな」

古潟は、羽白の小さな頭に巻かれたねじりハチマキを見て言った。

「これは、慈円津んとこで買った『ソフトカチューシャ』ってやつだ。うちの組のやつらにも支給してやったんだぜ」

羽白は、曲がった背を伸ばし、誇らしげに頭のねじりハチマキをペンと叩いた。

「お前は、小さい体だがセンスはいいかなら」

「古潟、お前よりは大きいぜ」

古潟と羽白は、そう言うと楽しそうに笑いあった。

「そう、羽白に話したいことがあるんだ」

笑っていた古潟は真面目な顔つきになっている。

「なんだい?」

羽白もつられて真剣な表情だ。

「新しい商売をやらないか?」

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第8章 小さな二人の大きな商売(1)、いかがでしたでしょうか?

今回から始まる新しいお話、新キャラ二人、古潟ダイ吉さんに羽白オサ夢さんの登場です。コガタペンギンはフェアリーペンギン、ブルーペンギンなどと可愛らしくロマンチックな別名を持ちます。Linuxのマスコットのペンギン、Tuxもコガタペンギンだという噂です。そしてハネジロペンギンは、コガタペンギンの亜種という説もあるほど近い種類だそうですが、羽が白っぽいのでよりブルーでフェアリーな感じの、これまた可愛いペンギンです。さて古潟さんに羽白さん、どんな商売を始めるのか!? ぼちぼちペンペン見守りましょう!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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