
【第三十九話】
降籏の読み通り、雑誌が発売された翌日から、東鉄の広報部宛てに問い合わせの電話が頻繁に来るようになった。
その多くが「何かイベントは企画しているのか? あるとしたら、どんなもので、それは誰でも参加できるのか?」というものだった。
1年前に廃線が決まったにもかかわらず、ラストランまであと半年を切っていた今のタイミングで、まさか「何も決まってません」とは言いづらく、「今、いろいろ検討中です。詳細が決まり次第、ホームページに掲載します」と答えるので精一杯だった。
「なんで、勝手にそんなこと言うんだ」
上司の平林が咎めた。
「いやあ、だって……。明らかに、なんかやること期待されてるし」
「何やるんだよ? そんな金あったら、廃線なんてならないだろ?」
「まあ、そうなんですけど……」
「どうせ誰も来ねえよ。だから無くなるんだから」
平林は自虐的に笑った。
「いやいやいや。絶対来ますよ、あいつら」
「こんなところまで、そんなにたくさん来るもんか。10年前の川東線が廃線になった時だって、そんなことにならなかったじゃないか」
「僕、入社前なんで、ちょっとよくわからないんですけど」
「あ、そっか。お前、まだ入ってなかったか。あの時、確かに鉄道ファンみたいなのもいたけど、殆どが地元の顔見知りだよ。俺、あの日、小島駅にいたんだよ。日が暮れてから人増えてきたけど、ほとんどが近所の爺ちゃん婆ちゃんと子どもたちだったよ。そうだなあ……。300人くらいはいたかなあ。でもそんなもんだよ。まあ、今回もそうだろう」
「そんなんじゃすみませんって。300人でも今の僕たちにとってはなかなかの数ですけど、たぶん、そんなもんじゃないっスから」
「まさか」
「いやいや。平林さん、葬式鉄を舐めたら痛い目に遭いますよ。たぶん1000、いや、2000人は来ますよ」
「バカ言ってんじゃねえよ。来るわけねえよ。お前、年間500だぞ。俺らの乗客。2000っていったら4年分だよ。そんなバカな……」
「これ見てくださいよ、ほら」
そう言って、降籏はインターネットに散らばっている、あちこちのラストランの写真や動画を見せた。
「こんなの、都会だからだろ? こんな地方の赤字路線なんかに来るわけないじゃないか。アクセスだって良くないのに」
「じゃあ、これ見てくださいよ」
降籏はさらに、地方の私鉄が廃線した時の模様を見せた。
「ほう……。結構いるね」
「ていうか。あれ? これ、もしかして、川東線じゃないですか?」
「えっ」
「わっ。めっちゃいるじゃないですか。暗くてよくわかんないけど」
「……いるね」
「ったく、何忘れちゃってるんですか。でも今回は、これどころじゃないですよ。何か知らないけど、今、流行ってるんスよ。葬式鉄」
「葬式が流行っても困るけどなあ。へえ、そうなんだ」
「ええ。しかも、あいつら、ホームギリギリのところで、写真撮るんですよ。鈴なりになって。これ、下手したら、最終列車で人はねる、なんてこともあるかもしれませんよ」
「そりゃまずいね」
「たぶん、特別なことを何もせず、通常運行のまま終わらそうとすると、その最終列車めがけて、大挙して来ると思うんですよね。この川東線のときみたいに」
「そうなのか? だったらどうしたらいい?」
「ここは敢えて、特別列車を運行したり、特設会場を作ってイベントやったりするのはどうでしょう?」
「そんなしたら、余計に人が集まるだろう?」
「だけど、ほっといても来るんですよ。せめて分散させたほうが、まだマシなんじゃないですか?」
「そうかなあ……」
「川東線の廃線の時は、なんかやらなかったんスか?」
「やらなかっ……いや待てよ。最後全員タダで乗せたんだよ。確か」
「えーっ。よく乗れましたね」
「だから、それぐらいの人の数だったんだよ」
「何両編成?」
「二両。……いや、あれは三両だったかも」
「何も覚えてないじゃないですか。せめて記録はあるんですよね?」
「さあ? 本社にはあるんじゃない?」
「後で聞いてみます。まさか今回は、全員タダで乗せたりしないですよね?」
「やらないだろう、たぶん」
「あっ……もしかして、それか。……いや実は、訊かれたんですよ。〝今回も最後に無料の乗車はあるのか?〟って。その時は何のことかわからなかったんですけど、その記録や記憶があったから〝今回はないのか〟って思ったんですね、きっと」
「へえ……。覚えてる人とか、いるんだなあ」
平林は感慨深げに頷いた。その姿を気にも留めない様子で、降籏は一人、思案していた。
「……あっ、ちょっと待てよ。逆に、どうせなら高い値段付けて、特別切符売ればいいんじゃないですか」
「売れるか?」
「売れますよ。確実に葬式鉄、増えてますもん。なんなら9月は毎週末、それ走らせてもいいんじゃないですか?」
「それは、整備と輸送に相談しないとなあ。でも、どうだろう?」
「まあ、毎週はともかく、最終日の日曜とその前の土曜の2日はやりたいですよね。それくらいなら余裕で売れるんじゃないですか?どうせなら、ガッツリ金落としていってもらいましょう」
「まあなあ……。個人的にはさ、地元の人がゆっくり乗って、懐かしみながら、別れを惜しんでくれることが理想なんだけどね。そんな、お祭り騒ぎじゃなくて。人の葬式だってさ、最近では〝近親者のみで執り行いました〟って言うじゃん。俺たちの鉄道の最後は、地元の人と鉄道員、近い人だけでやりたいんだよね」
「そりゃあね、僕も、できればそうしたいですよ。でもできないじゃないですか。だったら、やるしかないんですよ」
そこからは泥縄だった。
渋る整備と輸送部を「最終日に事故でも起こったらどうするんですか」と半ば脅し、「川東線で出来たんだから、今回できないわけがない」と圧をかけ、経営上層部には「1年の収益の15パーセントの売り上げがたった2日で見込める」と言ったら、すぐ話はまとまった。
どうせなら釜坂で接続する川西線にも乗ってもらい、その沿線にある温泉で宿泊してもらったら、町としても潤うのではないかと考え、通常ダイヤの通しの最終列車を本当の最終列車に設定した。
これに乗ると、上りの最終の東京行き新幹線に間に合わない。必然的に泊まらざるを得なくなるのだ。
釜坂を20時24分に出発する下り最終を『下りファイナル』、終点の久代で折り返し、21時26分に出発する上り最終を『上りファイナル』と銘打ち、その2本について、WEB限定および枚数限定で、それぞれ座席数の100名分を1人15000円で販売したところ、発売初日に売り切れた。
そのため、さらにその前日の同じダイヤをそれぞれ『下りファイナルイブ』と『上りファイナルイブ』と銘打ち、同じ価格で売り出したところ、発売2日で完売した。
「やったな! 4日で、600万か。どういう内訳だ?」
その偉業は社長の耳にも届いていた。
社長の本合は、経営破綻間際にあった関東地方の私鉄をⅤ字回復させた立役者で、ローカル線の救世主と呼ばれていた。鳴り物入りで東鉄社長に就任したものの、首都圏の田舎で振るった手腕は、地方の田舎では思いのほか振るわず、苦戦を強いられていた。
「久代線が使っている車両は、国鉄から譲り受けた115系なんです。座席数は大体、一車両で60席くらい。今回は、余裕を持たせて50席としています。二両編成なので100名分の座席があることになります。それを各々15000円で販売したので、一回150万。かける4で、600万です」
「立ち席はなしか?」
「そもそも混雑を緩和させたくて考えた企画なので、詰め込み過ぎたくないんです。立席には番号振れないし」
「なるほど。そりゃそうだ」
「でもその600万から、ファイナル用のグッズを作って配るので、その金額がそのまま売上げになるというわけではないんですが……」
「配るのか? 売ったらどうだ? 売れるだろう?」
「それだと、限定感が出ませんよね。通常880円で乗れるところを15000円払ってもらうわけですから、それなりの特別感も必要なのかと……」
「確かに……。具体的には、どんなものを付けるつもりなんだ?」
【第四十話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第三十九話、いかがでしたでしょう。「葬式鉄」という言葉は知っていましたが、今そんなに話題なのかと驚いた、血液にほんのり鉄分入っている私です。あえて言うなら「乗り鉄」か「妄想鉄」、好きな鉄道は地下鉄です。知っていましたか、葬式鉄を。というかあなたももしや「鉄」の方? さて久代線ラストラン、どんなグッズが配布(販売?)されるんでしょう。次回もどうぞお楽しみに。
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