電車 居眠り 夢うつつ 第32回「暑中有涼」

毎日暑いですね。
何しろ朝から晩までずっと暑いんだから、いやんなっちまいますよ。

なんてことを最近私は会う人ごとに言っているような気がするが、これはちょっと嘘である。もっとも、完全に嘘というわけではない。たしかに、最低気温が25度、最高気温が35度なんていう日が続いているのだから、朝から晩まで暑い。だが、ずっと同じように暑いということはないのである。日なたと日陰ではずいぶん体感温度が違うし、風が吹けば涼しい。そう、涼しいのである。

たとえば照りつける太陽の熱さを10として、そこから風の涼しさ1を引いて、9の暑さになる、というものではない。10の暑さの中でも、吹いてくる風に注意を向ければ、きちんと1の涼しさが感じられるのだ。

そのことに気づいた数年前から、私は真夏の屋外にいなければならないときには、「風見」(かぜみ)ということをしている。たとえば通勤途中。ムッとした駅のホームに立っていても、注意すれば、二の腕を撫でるかすかな風の動きを感じることができる。風は、数秒ごとに向きを変え、はやさを変える。右の腕をそろそろと撫でていたと思うと、いっとき首元を爽やかに吹き渡っていったりする。ああ、涼しいなあと喜んでいると、首元の風は止み、こんどは左足に、感じるか感じないかくらいの弱々しい風が当たる。そう。私の小さな体の周りであっても、風は一様に吹いているわけではない。地上50センチの足の周りと1.5メートルの首の周りでは、別の風が吹くのだ。

ごくまれに、完全に凪ぐこともある。どこをどう探しても、ひとかけらの風もない。こうなるとしかたがないので、扇子を取り出し、自分で風を作り出す。そんな時でも、あまり頑張って扇いでいると、かえって暑くなってしまう。
そろそろと扇ぎ、皮膚の側から風を感じに行くようにすると、涼しさが得られやすいようである。

風が流れると書いて「ふうりゅう」と読むが、風見は、至極お手軽な風流である。金もかからないし、時間もかからない。これが流行って、「風見会」とかが催されるようになると楽しそうだ。あるいは、駅で隣り合わせた人と、「結構な風ですな」とか話すようになったら、電車通勤もだいぶん快適になりそうである。そこで相手が「このあいだマウイのビーチで吹いていた風は最高でした」などと自慢話を始めると最悪だけど。

(by みやち)

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