【 魔談533 】モンマルトルの画家たち(34)

【 帰 国 】

私は改めて貞子をまじまじと見た。この笑顔の絶えない初老の婦人は、どうやら相当に波瀾万丈の人生を送ってきたようだ。
夫が(パリから南下してなにがあったのか知らないが)新妻をフランスに置いてさっさと一人で帰国?
これには驚いたが、その後、貞子は予定どおりパリのホテルに滞在し、予定どおりの飛行機で帰国したという。これにもまた驚いた。
「帰国して離婚ですか?」
「それが違うのよ」

帰国した貞子が新居になるはずだったマンションに戻ってみると、部屋の様子は出発前と全く変わっていなかった。
「この部屋に帰ってないのかしら?」と不審に思ったが、なにはともあれ報告ということで、翌日に実家に行った。両親はもちろん驚いたが、「まだ離婚はしていない」と聞いてちょっとほっとしたらしい。父親は「よりは戻せそうにないのか?」と困惑顔だったが、母親は「あなたを置いて帰国するなど言語道断。さっさと離婚しなさい!」と怒った。

貞子は結婚以前のように実家の家業である家具店を手伝う毎日となった。
まだスマホも携帯もない時代の話である。夫から電話が来るだろうと思って数日待ったが、一向に来ない。夫の実家に電話しようと思ったが、やめた。こちらから電話するのもシャクだった。ほっておくことにした。
帰国して1週間ほど経過した頃のことだった。電話があったのだが、なんとそれは夫からではなく夫の友人(医者)からだった。「なんで本人が電話してこないのか」と詰問すると「本人は実家で安静状態」という返事。「電話ぐらいできるだろう」と言うと「精神的にかなりダウンしている」とのことだった。

夫の単独帰国は友人の説明により、ようやく明らかになった。
夫はパリ北駅からTGV(フランス版新幹線)に乗ったらしい。
「どこに行こうとしたのですか?」と私。じつは今回の「パリ10日間ツアー」では無理だったが、「フランスを南下する」という旅行には私なりの憧れがあった。

「さあ。地中海でも見に行こうと思ったんじゃないの?」
どこで下車したのか貞子は知らなかったが、夫は(なにを食ったのか知らないが)激しい腹痛に襲われた。身の危険を感じた彼はフランスの病院に行くよりも、帰国することにした。日本の空港に戻ってきた時点で友人(医者)に電話し、そのまま入院となった。

TGV

【 再びパリへ 】

貞子の通訳はじつに精力的だった。彼女はまず私に(5分ほど)話をし、次にその話をフランス語でマリアンヌに伝えた。
マリアンヌはたぶんこの話を以前に聞いて知っていたのだろう。スケッチブックを広げ、周囲の光景をデッサンしながら、貞子の話を聞いてうんうんとうなずいていた。その様子は初めて聞いたような感じではなかった。

結局、貞子はその後、夫と会うことは一度もなかった。ただの一度もなかったのだ。
「なんと、離婚はどうなったのです?」
「離婚してないのよ」
「……」

貞子は離婚しないまま家業を助けた。しかし経営は苦しかった。両親はついに店の売却に踏みきった。買い手との交渉中に父は体調を崩して入院し、その後、入退院を繰り返している間に死んだ。父の死から2年がたって母もあっけなく逝ってしまった。
「それで私は少しばかりの遺産をもらったので、パリに戻ることにしたの」

「パリに行く」という表現ではなく「パリに戻る」という表現が印象的だった。
貞子は58歳で再びパリに戻った。モンマルトルで暮らすようになった。
「生活費はどうしたのです?」
「貧乏画家のコミューンみたいな暮らしになったの」
「コミューン! 共同生活体みたいなものですか?」
「そう。フランスはコミューンの歴史が古いのよ。至るところにコミューンはあるの」

貞子は私に向かっては「コミューン」と発音し、マリアンヌに向かっては「コミュヌ」と発音した。
「コミューンという言葉も、もともとはフランス語なのよ」
「それが、あの倉庫なんですか?」
「そう」

なんと、あの倉庫は「共同アトリエ」という認識で私は見ていたのだが、貞子はそこに住んでいるらしかった。

【 つづく 】


電子書籍『魔談特選2』を刊行しました。著者自身のチョイスによる5エピソードに加筆修正した完全版。専用端末の他、パソコンやスマホでもお読みいただけます。既刊『魔談特選1』とともに世界13か国のamazonで独占発売中!
魔談特選1 北野玲著

Amazonで見る

魔談特選2 北野玲著

Amazonで見る

スポンサーリンク

フォローする