1から10まで足してみる

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

数字といえば思い出すのが「そろばん」である。

子どもの頃、けっこう長いあいだ、近所の珠算塾に通っていた。
学校で九九を習ってから通い始めたので、小3ぐらいから、たしか高校の途中まで続けたと思う。
私は学習塾に行ったことがないので、塾と名のつくところに通ったのは後にも先にもこの珠算塾だけだ。
そろばんで最初に習うのは、1から10までを足すことである。
さて、いくつになるでしょう?
答えは最後に。

珠算塾では、もちろん実際にそろばんを使って計算をするのだけど、暗算も習う。
暗算をするときには、頭の中にそろばん(の映像)を思い浮かべる。上の「1から10までを足す」暗算も、私は今でも即座に頭の中のそろばんをはじいて計算することができる。
ところが、この「頭の中に映像を映し出す」ということができない人がいるらしい、ということを割と最近になって知った。

ええっ、それじゃどうやって暗算するの?

珠算塾に通っていたころには、先生が「頭の中のそろばん」と言うので、誰でも普通にそろばんの映像を思い浮かべることができるのだと思っていた。
この映像は静止画ではなく、動画である。私は小説を書くときも、まず頭の中で映像が動く。フルカラーである。余談だけど、大正生まれの祖母が生きていたころ、起き抜けに呆然とした顔で「天然色の夢を見た。ああ気持ち悪い。どこか体の具合が悪いに違いない」と言っているのを何度か聞いたことがある。
この頭の中の動画をノベライズしたのが私の小説である。その動画は、実際に起きた出来事ではなく、空想の産物だから、私にしか見ることはできない。言ってみれば脳内生成AIだ。
私は長いこと、小説はみんなそのようにして書いているのだと思い込んでいた。しかし数年前にある記事を読み、プロの小説家でも全くそんな映像など浮かばない人もいるということを知り、とても驚いた。
実は私の仲の良い小説書きの友人も、聞いてみたら、映像が浮かばない派だった。じゃあどうやって小説を書くのかとさらに聞いたら、たぶん何か答えてくれたとは思うけど覚えていない。私には理解できなかったのだと思う。これはどちらがいいとかわるいとかの話ではない。

話がずいぶん脱線してしまった。
そろばんである。
私が珠算塾で使っていたのは「四つ球」のそろばんだった。梁(はり)の上に5をあらわす「五球(ごだま)」が一個、下に1をあらわす「一球(いちだま)」が四個ある。
一球を1、2、3、4、と入れていき、5になったらその四個の球を元に戻して上の五球を入れる。そして、6から9まではまた下の一球を入れていき、10になったらその九個の球を元に戻して、左隣の列(十の位)に一球を入れる。現在では、多くの人は、そろばんとはそういうものだと思っていると思う。

私は使ったことはないけど、昔、それもそんなに大昔ではない、祖父母の時代ぐらいまでは、そろばんは下の球が五個ある「五つ球」だった。上の球を一つ、下の球を五つ入れると、一の位で「10」になる。それを戻して、改めて十の位に一球を入れるのである。実に効率が悪い気がする。なんでそんなふうになっていたんだろう?

調べてみると、意外なことがわかった。

歴史的には、いわゆる「五つ球」のそろばんの前に「上の球二つ、下の球五つ」というそろばんがあり、これだと一桁に15までおくことができる。16になるときに位が上がることになり、十六進法の計算ができる。このタイプのそろばんを使っていた明(みん)の時代の中国では、重さの単位で十六進法が使われていたのだ。

同じそろばんで十進法の計算もできる。

この話、軽く聞いていると「ふーん、ああそう」と思ってしまうが、よく考えようとするとわけがわからなくなってくる。

私もわけがわからなくなってきました。

では、そろそろ冒頭の問題の答えを書きましょうか。

1から10までを足すと、55になります。

みなさんは暗算で計算できましたか?

(by 芳納珪)


このエッセイはホテル暴風雨の創立10周年企画として「10」をテーマにご執筆いただきました。

芳納珪さま、服部奈々子さま、お帰りなさいませ。
前回の更新は2022年7月14日でした。3年9か月ぶりのご来訪ありがとうございます。

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