栞の木(4)by 芳納珪

どちらを向いても山が迫る、谷底の一本道に沿った細長い集落だった。
どの家も古い感じで、街並みは統一されている。でも、前に行ったことのある妻籠宿みたいに、観光地として整備されているわけではなさそうだ。
地図では車道が通じていないように見えたけど、曲がりくねった道の先に軽トラックが止まっていた。その周囲に人が数人いて、いそいそと働いているようだ。

お囃子が聞こえるわけではない。派手な飾り付けがあるわけでもない。ただ、この集落全体の空気が、そわそわうきうきしている。それだけのことで「祭り」の雰囲気が感じられたのだ。
そのまま歩いて行って、軽トラックとその周りの人の群れに近づいたけど、誰も私に注意を払わなかった。
そこを通り過ぎると、左手に石の鳥居が見えた。鳥居の先はすぐに山の斜面になっていて、石段が急角度で伸びている。

これは行ってみるしかないでしょ。というか、他に見るところなさそうだし。
石段はかなり古いみたいで、足を置くとぐらつく石もある。一段一段、慎重に登った。
登りきる頃には息が切れていた。呼吸を整えながら境内を見渡し、私はあっけにとられた。

「祭り」の空気の発信地はここだった。どこからか太鼓と笛の練習が聞こえる。
子どもたちはきゃっきゃとじゃれ合いながら竹ぼうきで落ち葉を集め、手ぬぐいでほおかむりをした女性たちが、地面に敷いたシートの上でおしゃべりしながら手作業をしている。

でも、あっけにとられたのはそこではなかった。人々の頭上には、呆れるほど大きな木が、サーカスのテントのように枝を張っていた。見事に紅葉したその木から、はらはらと葉が落ち続けている。いや、「紅」葉ではない。赤、黄、橙、黄緑、水色、紫、ピンク。こんなふうに紅葉する木は見たことがない。そして、半透明のその葉っぱは、まぎれもなく、しおりがくれた栞だった。

「立石……さん?」

聞き覚えのある声がして、我に返った。駆け寄ってくるしおりを見て、「やっぱり」と「びっくり」が同時にこみ上げる。

「どうしてここに」
「しおりちゃん、急にいなくなったから」
「……お祭りの手伝いで帰省していただけです」
「それなら、ひとこと言ってくれればよかったのに」

しおりはあいまいに微笑んだ。

「元気かどうか知りたかっただけなんだ。会えてよかった。休み明けまでには戻るんでしょう?」

また、あいまいな微笑み。

「そうだ、連絡先教えといて。固定電話でも、住所でもいい」

スマホを取り出したが、どこを押しても画面は真っ黒のままだった。

「あー、何度も地図見たりしたからか」

あせる私を見て、しおりの表情がはっきりした。

「うちで充電してきますよ」
「まじで。助かる。モバイルバッテリー忘れてさ」

私はリュックから充電ケーブルを取り出して、しおりに渡した。

「立石さん、今夜はどこに泊まるんですか」
「このまま帰ろうと思ってた」
「もしよかったら、うちに泊まりませんか? 今夜はお祭りですし」
「えっ、急にそんな悪いよ」

止める間もなく、しおりは私のスマホを握りしめて駆け出した。

振り返ると、栞の木から落ちる栞の葉はさっきよりも量が増え、作業する女性たちが見えにくいほどになっている。ざらざらと落ちる葉を一枚捕まえて眺めた。淡い藤色。葉っぱの形はしているけど、紙のように平らだ。女性たちを見ると、型紙に合わせて和ばさみで葉を四角く切り、竹製の大きなザルにどんどん入れていっている。その単調な作業を、飽きる様子もなく淡々と続けている。
しおりが帰ってきた。嬉しそうに報告する。

「家の人に言ってきました。お泊まりオーケーです」
「ほんと。じゃ、お言葉に甘えるね」

そう、こんな成り行きも悪くない。私はあらためて木を見上げた。

「峯浦蒼風の『刻の依代』に出てくる木だね」
「その通りです。ここに峯浦蒼風の碑を作るのが、私の夢でした」

しおりは手を伸ばして、作業する女性たちを示した。

「栞を作る過程で、大量の切れ端が出ます。夜になったらそれを燃やすんです」

木から少し離れたところに組まれているキャンプファイヤーみたいなのはそのためのものだったのか。

山あいの日暮れは早かった。出来上がった大量の栞はどこかへ運ばれていき、代わりに折りたたみの会議机が出されて料理と飲み物が並べられた。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

――――つづく

(by 芳納珪)

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