〈赤ワシ探偵シリーズ2〉ニフェ・アテス第二十二話「レムリ」

アレキセイの演奏は、どうしてこんなにも心を揺さぶるのだろう。
曲目は、ジョーがカテリーナの家の前で演奏したのと同じ「ニフェ・アテス」だ。ジョーの演奏技術もなかなかのものだが、アレキセイのそれは、素人の私でも別格だと感じる。「上手い」以上の何かがあるのだ。これが才能というものなのだろうか。

演奏がやんだ。
それから、かなり長いあいだ待った。
まさかアレキセイは、サムにしたのと同じように私を「まいた」のでは……という不安がよぎり始めたころ、瓦礫の中をこちらへやってくる人影があった。アレキセイが戻ってきたのだ。
そして、彼の後ろに隠れるようにしてもう一人、何者かがいた。近くまで来てその姿をはっきりと認めたとき、私は息をのんだ。

それは、透き通るような銀猫人だった。
白銀の毛並みは空気に溶けそうなほど細くなめらかで、内側から発光しているような、なんとも不思議な質感だ。体の輪郭はため息が出るほど優美な曲線を描き、ごく薄いブルーの瞳は水滴のようにキノコの光を反射している。
アレキセイに初めて会ったときも一種の神々しさを感じたが、この銀猫人は存在そのものが芸術品のようだ。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

「紹介します。レムリ。ぼくの友だちです」
アレキセイが大切な宝物を披露するように手を差し伸べると、レムリは水滴のような瞳で私をまっすぐに見上げ、何か言った。聞いたことのない言語だ。
「レムリは、よろしく、って言ってます」
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく」
するとアレキセイは、レムリに向かって、やはりわからない言葉をささやいた。私が言ったことを通訳したらしい。
あっけにとられている私に、アレキセイはちょっぴり得意そうに解説した。

「古代銀猫人語です。父から教わりました」
「すると、彼はその……」
「はい、古代銀猫人の直系の子孫です。これから彼の住む街へ案内してくれます。ぼくもそこへ行くのは初めてです」

レムリを先頭にして、私たちは出発した。
しばらくは、瓦礫が無秩序に積み上がる中を進んだ。道すじのようなものはなく、ときにはとても狭い隙間を通り抜けねばならなかったが、レムリは迷いなく進んでいく。
やがて、扉に行き着いた。
扉を開けると、中は狭い階段だった。薄暗く古びていることはこれまで通ってきた廃墟と変わらないが、違う点が一つあった。壁に、四角いあかりが一定間隔で整然と並んでいるのだ。あちこちにはびこっていた発光キノコと同じ色のそのあかりは、階段全体を、生きたものが行き交う生活の空間として見せていた。

階段を降りて行くにつれ、下層へ来てからずっと持っていた緊張がとけていった。空気が、あきらかにこれまでと違う。人の住む場所が近いことを肌で感じる。
階段が終わった。高度計を確認すると、針は1階をさしていた。とうとう、立体都市のいちばん下まで降りたのだ。
レムリが、扉を開けた。そこは小部屋になっていて、もう一つ扉があった。その扉を開けると――

そよ風がほおをなでた。あたたかく、適度な湿り気があり、そして――独特の匂いを含んでいた。埃とか、カビの匂いに似ているが、もっと心地よいものだ。
レムリに続いて扉をくぐったアレキセイが、おおっ、と歓声をあげ、立ち止まってしまった。彼の横をすり抜けるようにして外へ出ると、私も同じように身動きできなくなった。

柔らかい茶色の地面に、たくさんの野菜が整然と並んでいる。立体都市ではすべて工場生産される野菜が。
その光景は遠くまで続き、区画ごとに違う種類の野菜が植わっているようだ。ところどころに小さな家が建ち、野菜のあいだで働いている人の姿も見える。
すべてを包み込むように、暖かい光が上から降り注いでいる。

ここが――「ニフェ・アテス」の大地なのか。

(第二十三話へ続く)

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