潮時 第四十四話

【第四十四話】

慣れない山道の運転に疲れた満男の救世主として、突如、山の中に現れた一見の古民家カフェ。祖母の家をリフォームして開いたという、若者の淹れてくれた珈琲の味に、満男と鶴子は安堵し、店を出た。再び、慣れない運転が始まる。

「ああ、うまかった」

「ホントね。お掃除もちゃんとされてて、隅々まで神経が行き届いているって感じだったわ。ああいうふうに家を活用できれば、ご先祖様の供養にもなるわねえ……」

「お前の家でも、なんかするか?」

「どこ? 中塚? できるわけないじゃない。馬鹿言わないで」

「なんで。手入れすれば、あの家もなかなかいいぞ。今時、囲炉裏があって、茅葺屋根の家なんて、それだけで珍しいんだから」

「茅を挿げ替えるのに、どれだけ手間暇かけると思ってるのよ? お金だって、すごいかかるのよ。何も知らないくせに、簡単に適当なこと言わないで」

「ごめん。そんなに怒るなよ。あんまり羨ましそうにしてるから」

「大体、あのカフェと違って、うちは山の上のほうでしょ。こういう幹線道路沿いならともかく、わざわざあそこに行く人が、どれだけいると思ってるの。自分ちがあっても行かないっていうのに」

そう言って、鶴子はプイっと横を向いた。
鶴子があの家を出たのは18のとき。それ以来、盆暮れもほとんど帰らなかった。
法事などで帰省することはあっても、生家ではなく、麓にある親戚の家に寝泊まりすることが多かった。

帰りたくても帰れない場所。
田舎から町に出た人間にしかわからない感覚がある。

町の便利さを知ると、田舎の不便さが際立つ。
好きなのにがっかりする。
田舎にはそこにしかない良さがあることも、知っている。どんなに不便でも、ここに居るだけで心が落ち着くことを。
でも、生活の中の不便さは、その良さを上回り、便利な暮らしを欲する心を目覚めさせる。

田舎を、昔の何も知らない記憶のまま残しておきたいという心理は、都会で暮らす、田舎育ちの人間には少なからずあるのかもしれない。

「それにしても、さっきの珈琲は本当にうまかったな。おかげで疲れが取れたよ。ありがとな。いい店、みつけてくれて」

「え、私がみつけたの? 私、トイレに行きたかっただけよ」

「そうか」

信州に来てから、鶴子の記憶はしっかりしていた。
隣に居るのは、気が強いけど、何気ない優しさをくれる昔の鶴子だ。
つい数か月前、アルツハイマー型認知症と診断され、日に日にできないことや知らないことが増えていく鶴子とは、別人だった。

(やっぱりな。あんな検査で、何がわかるってんだ……)

満男は運転しながら、鶴子をここへ連れてきてよかったと思った。
鶴子の通院のために仕事を休んで来る章子を出し抜いて、朝、鶴子を連れ出したことに、少しだけ罪悪感を覚えていたけれど、そんなものも全て掻き消すくらい、満男は満足していた。

「さあ。次は、団子を買わなきゃな」

「お団子? どうして?」

「えっ。だって、月見には団子だろう」

「あら。お月見するの? なんで?」

「なんでって……。今日は中秋の名月なんだろう?」

「そうなの? ところであれ……。ここ、どこ? 家の近く?」

「家ってどこの?」

「家は家よ」

「新百合か?」

「どこ? それ」

「生坂のことを言ってるのか?」

「そうよ。もう日が傾いてくるから、そろそろ帰りましょ」

心許ない記憶。
かけた梯子を外し、かけたことさえ忘れる。自分が今、何をするためにここに居るのかを、瞬きすると忘れてしまう。
はしごを外しても、かけたことを忘れても、〝ごめん、ごめん〟と笑って戻ってくれるなら、それでいい。でも、行ったきり戻ってこれない記憶の森では、その瞬間の自分の居場所さえ見失ってしまう。

満男は肩を落とした。

(やっぱりそうなのか? 呆けちまったのかよ)

心の中でそう呟いたら、このまま帰りたい気持ちになった。でも、その気持ちを振り切って、満男はアクセルを踏んだ。

「今日はさ、中秋の名月なんだ。この先の山を登っていくと、姥捨駅があるらしい。そこから見る月が綺麗なんだとよ」

「あ、知ってるわ。〝田毎の月〟でしょ? 広重の絵にもあるわよ。芭蕉も句を詠んでるしね。そこに行くの?」

「ああ。行ってみよう。そんなに遠くないみたいだから。カーナビの下のところに、到着時間、出てるだろう?」

「えー、この小さい文字?」

「そうだ、たぶん。なんて書いてある?」

「ちょっと待って……。16時58分って書いてある」

「それくらいに、着く」

「今何時?」

「同じところに、時間出てるだろう?」

「……16時半。あと30分くらいで着くのね。でも、17時って夕方の5時のことでしょう? 5時前だったら、着いた頃、まだ明るいんじゃないの?」

「そんなことない。ちょうどいいよ。今日の月の出は17時半頃らしいから」

「そんなに早く、お月様出るの?」

「そうみたいだ。姨捨駅からの景色は、日本三大車窓なんだろう? それも見れるぞ。いい頃合いだよ。順調に行ければ、だけどな」

「そうね、あなたの運転、怪しいからね。まあ、いいわ。田毎の月、久しぶりに見たいし」

「だからその前に、団子を買わなきゃ。道なりに和菓子屋がないか見といてくれよ。さっきみたいに」

「仕方ないわね」

鶴子はそう言って、道の左右を眺め始めた。
目当ての和菓子屋は見当たらなかったが、程なくして、農産物直売所があったので、立ち寄ってみることにした。三色団子はなかったけれど、鶴子の欲しがっていたみたらしがあったのでそれを買い、二人が乗る車は、姨捨駅への九十九折の山道を上っていった。

姥捨駅は無人駅だった。改札のない入口からホームへ進む。

苦労して上ってきただけあって、姨捨駅のホームから眼下に広がる善光寺平の景色は、本当に美しかった。

秋の日の雲ひとつない青空が少しずつその色を変え、オレンジ色に染まっていく。
昼と夜の綱引きのような色の対比が、少しずつその輝度を落としていくと、程なくして夜の帳が下りる。

北アルプスの槍ヶ岳から流れる水は、高瀬川、梓川、犀川と長野県内の名立たる川になり、他の支流と出合って千曲川となり、県をまたいで信濃川へとまた名を変える。
言わずと知れた、日本で一番長い川。それがあたかも箱庭の中に収まるかのように、眼下の善光寺平を縫うように蛇行しながら、流れているのが見えた。太陽が山の端に沈む直前、水面に夕日が反射して、大地を這う大蛇の如く、浮かび上がる。

その辺り一帯の山の中では、春が来ても一番最後まで白い雪を冠る四阿山は、やはり頭ひとつ抜き出ている。その右側手前に横たわる山塊の窪みにある鏡台山から、やがて月がゆっくりと上ってきた。

「お月様、出てきたわ。間に合ってよかったわね」

「疲れたよ……。もう間に合わないかと思ったよ。やっぱり山道の運転はしんどいなあ。この歳には堪えるよ。あれか? 棚田」

善光寺平へ下りていく山の斜面に、無数の小さな棚田があった。トラクターや車の入らない田んぼと畔。人の手によって丁寧に整えられた田は、魚の鱗のようにも見えた。

「そうそう。……あれ? 稲刈り、してな、い……あ! そっか。田毎の月は、田植えの頃しか見れないんだったわ」

「そうなのか?」

「だって、田んぼに水が張られて、その水面に月が映るんだから。今の時期は見れなかったわ」

「そうか……。それは残念だったな」

「うん。でもいいの。だって、ここから見る月は、綺麗でしょ?」

見上げると、頭上に真ん丸の月が煌々と輝いていた。

姨捨駅のベンチは、電車の来る線路側ではなく、反対側のフェンスのほうを向いている。
そこに腰掛けて見下ろす視線の先には、濃紺色の空に白く輝く月と、棚田、そしてその先に長野市あたりの町並みが見える。ベンチに並んで座って、二人はしばらく無言のまま、町に明かりが少しずつ灯っていく様子を見つめていた。

「いいベンチね。こっち側向いているの、気が利いてるわ」

「ホントだな。いつまでも見ていたくなるな。……団子、食うか?」

そう言ったものの、満男は団子を持ってきてないことに気づいた。

「しまった。車に置いてきた。取って来るから、ここで待ってろ」

絶景になっている松本方面行きのホームから跨線協を渡り、出入り自由の無人駅の改札を抜け、駅の外へ出た。200メートルほど離れたところにある無料駐車場に団子を取りに行き戻ってみたら、鶴子はいなくなっていた。

【第四十五話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

大日向峰歩作『潮時』第四十四話、いかがでしたでしたか。昔のままの妻がここにいると喜んだり、また失望したりの中、ほんの少し場を離れただけでその妻の姿を見失ってしまった満男。「姥捨」というただならぬ名の駅から、どうやって満男は久代まで車を走らせたのでしょう? 次回もどうぞお楽しみに。

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