電気売りのエレン 第47話 by クレーン謙

僕たちは島中を探し回り、食べ物をかき集めた。
そして火を起こし、暖を取りながら食事をした。

人魚の女王によれば、ヴァイーラは軍を率い、この島に向かっているという。
漁師たちは食事をしている間、ほとんど口をきく事はなかった。
皆、疲れ切っていたし、明日も戦いを控えている。
漁師の仲間は、ほとんど死んでしまい、残りは4人だけになっていた。

焚き火から少し離れた所に、マーヤとレーチェルが並んで座っている。
レーチェルはすっかり、マーヤになついているようだった。
マーヤは、いつものように、羊皮紙に何か絵を描いて、それをレーチェルに見せていた。
恐怖のため、顔がこわばっていたレーチェルだったけど、マーヤの絵を見て顔をほころばせ
た。

「これ、妖精ね?この妖精はなんという名前なの?」
「レーチェル、この妖精はね『ブルー・フェアリー』っていうの。私は、ずっとブルー・フェアリーを探していたの。人間になりたかったから。・・・・でも、もうこの世界に妖精はいなくなっていたの」

僕は二人の所まで行き、マーヤに話しかけた。
「マーヤ、さっきはありがとう。おかげで、皆、助かったよ」

マーヤは、チラと僕の方を見て、しばらく黙りこんでいたけど、やがて口を開いた。
「いいのよ。だって、あのままだったら、私も死んじゃっていたから」

「マーヤ、君は人間になりたいんだって?でも、どうやって、人間になるつもりなの?」
マーヤは、僕の問いには何も答えなかった。
フレムは、僕らに寝るように、と言ったので、僕らは火を囲んで横になった。
眠れるか分からなかったけど、疲れていたんだろう、僕はすぐに深い眠りについた。

深い眠りの中で、僕は夢を見ていた。
夢の中で、僕はレーチェルと手を繋ぎながら、暗闇の中を歩いている。
僕らの歩いている、暗闇の先に誰かいる。・・・・・・よく見ると、それは、お父さんだっ
た。
僕らは、お父さんの所まで駆け寄っていった。僕はお父さんに、言った。

「お父さんがレーチェルに教えてくれた『いにしえの子守唄』のおかげで、僕らは助かった
よ!ありがとう!」

お父さんは僕らに向かって、ニコリと微笑んだけど、依然として心配そうな顔をして、僕らを見ていた。そして、口を開き何かを言ったけど、聞きとることが、できなかった。
僕は目を覚ました。
朝になっていた。焚き火の火は消えていて、白い煙が立ち上っている。
フレムがいない。

あたりを見渡すと、海沿いの崖上にフレムが立っていて、遠くを見ていた。
強い風が吹いていた。僕は、崖の所まで行き、フレムと並んで海の先をみた。
そこに大きな船が、いくつも、浮かんでいるのが見えた。
それらの船は、ゆっくりゆっくりと、島に向かって進んでいた。
数えてみると、15隻もいた。きっと、ヴァイーラの軍船なのだろう。

軍船は、少し離れた所で、島を取り囲むようにして、動きを止めた。
マーヤと、漁師たちも目を覚まし、それらの船影を言葉なく見ていた。
あの軍船が皆、攻め込んでくれば、僕らは、いっきにやられてしまうだろう。

「フレム、どうしたんだろう?なぜ、あいつらは攻めてこないのかな?」

フレムは、軍船を睨みながら苦々しく、言った。
「・・・・こちらの様子を見ておるのじゃろう。ヴァイーラは『光の剣』の事は聞いておる
筈。だから、電気砲は使わんだろうな。通常兵器を用い、攻めてくる」

ヴァイーラの戦隊はしばらく動きがなかったが、やがて一隻の船が動き出し、島に近づいてきた。

「フン。一隻もあれば、事足りるという事か」
フレムは吐き捨てるように言い、後ろを振り返り、漁師たちに銃を手にするように言った。
僕らは、落雷の塔があった所へと移動して、瓦礫の中に身を潜ませ、敵の襲撃に備えた。
敵の船が着岸して、タラップをおろした。銃を手にした兵士が、続々とタラップを降りてゆ
く。
兵士は何十人もいた。
僕は光の剣を握りしめ、身構えた。でも、やはり手が震えている。

兵士たちは、海沿いに横一列に並び、銃を構え、僕らがいる所に照準を合わせた。
瓦礫の陰から覗くと、兵士たちを指揮している男が見えた。
・・・・・ヴァイーラだ。
ヴァイーラは、こちらの事を伺っていたが、やがて、僕らに聞こえるような大声で、叫んだ。

「マーヤ!もうここは、すっかり取り囲んだ!わたしの所へと、戻ってきなさい!彼らは、数分後には死んでしまう運命だ!」

マーヤは僕の隣で、レーチェルの手を握りしめていた。
すると、マーヤは今まで見せた事がないような、表情をしながら、ヴァイーラに叫び返した。

「いやよ!私はお父さんみたいに、なるのは嫌!生きる目的が、この世界を破壊する事だなんて!それに、私は、レーチェルには、生きていてほしいの!・・だから、私はお父さんの所には戻らないわ!」

僕とフレムは、唖然としてマーヤを見た。
ヴァイーラも、マーヤがそんな事を言い出すとは、想像もしていなかったのだろう。
しばらくの沈黙があったが、ヴァイーラは兵士たちに進軍をするよう、号令をかけた。
兵士たちは銃を向けながら、僕たちの所へと近づいてきた。

「レーチェル、『いにしえの子守唄』を歌って!」
マーヤが、レーチェルに言った。
レーチェルは困惑した表情を浮かべたが、声を震わせながら、『いにしえの子守唄』を歌い始めた。

マーヤは目をつぶって歌を聞いていたが、やがてマーヤの体がキラキラと光り輝きだした。
僕らは驚きながら、眩しく光るマーヤを見た。
マーヤは隠れていた瓦礫から、立ち上がり、ヴァイーラがいる方を向いた。

「マーヤ!どうするつもりなんだ?!」
僕は、光り輝くマーヤに聞いた。
マーヤは、僕の方を振り向きながら、穏やかに答えた。

「エレン、私が人間になる方法なんて、なかったのよ。最初から。私はやっぱり、ウイルスでしかないの。
私はウイルスとして死ぬでしょう。・・・・でも、きっと、私の事をレーチェルは覚えていてくれるわ、いつまでも」

マーヤは更に明るく輝き始めた。
そして、マーヤはゆっくりと歩きながら、ヴァイーラのいる方に向かっていった。
兵士たちは、光り輝くマーヤに向かって、ズダン!ズダーン!と銃を撃った。
マーヤは、銃弾を浴び、よろめいたが、それでもヴァイーラに向かっていった。
撃たれても撃たれても、向かってくるマーヤを見て、兵士たちの隊列に乱れが出てきた。
マーヤは空を見上げ、それから僕らの方を振り向きながら、言った。

「レーチェル、あなたが言ってたように、お空はとても綺麗ね。・・・・・さようなら」

そしてマーヤはピカッ、と光を放ちながら、ヴァイーラに飛びついた。
マーヤがヴァイーラの体に触れると、カッ、と太陽のように眩しく光り、光の風圧で兵士たちが、なぎ倒された。
光の輝きが収まると、マーヤとヴァイーラは、完全に消えて居なくなっていた。
兵士たちは、起き上がり、呆然としてヴァイーラがいた所を見た。

「『いにしえの子守唄』で自らをウイルスとして覚醒させ、ヴァイーラを破壊したのじゃ
な・・・」
とフレムが言った。
フレムは瓦礫から身を乗り出し、兵士たちに向かって叫んだ。

「お前たちの指揮官は死んだ!すぐさま、兵を引け!ワシはこの国で最強の魔術師じゃ!今、兵を引かぬと、貴様たちの三代先まで呪いをかけるぞ!」

指揮官がいなくなった兵士たちは、互いの顔を見合わせていたが、しばらくすると撤退を始めた。兵士たちを乗せた船は、島を離れていった。
他の軍船も、向きを反転させ、島の海域から離れていった。
ヴァイーラは死に、僕らは戦いに勝った。でも・・・・・・あまりにも、あまりにも犠牲の多い戦いだった。

マーヤがいなくなってから、レーチェルはずっと泣き続けていた。
「マーヤはウイルスなんかじゃないわ!・・・・・・マーヤは人間よ!だってマーヤは、あたしに、とても優しかったの!
それに、マーヤはあたし達を、みんな助けてくたのよ!」

もしかしたら・・・・・・。
レーチェルの心にマーヤの記憶を残す事が、彼女が人間になれる、唯一の方法だっだのだろうか?
だとすれば、あまりにも悲しすぎる。

フレムは、マーヤが消えてしまった場所に佇み、左手で地面をかざし何かを唱えていた。
「マーヤに祈りを捧げているの?」と僕が聞くと、目を閉じたままのフレムは言った。

「そうじゃ、『いにしえの書』の言葉をマーヤに捧げておる。・・・・・・汝、ようやく『夢が生まれ出ずる場所』へとたどり着く。そして『夢の世界』へと旅立つであろう・・・・とな」

――――続く

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