【 ファム・ファタール魔談 】ギリシア神話・絶世の美女ヘレネ(4)

【 気分はもう戦争 】

今回はギリシア神話を彩る数々のエピソードの中でもひときわ有名なトロイア戦争について語りたい。
由来、戦争などというものは国と国のどうでもいいようなメンツやプライドや利害対立から発生し、相手国の国民を殺しに行くという人類最悪の行為である。しかも3500年前も今も変わらずやっている。人類は3500年ものあいだ、いったいなにを学んで来たのだろうか。

さてトロイア戦争。「人間世界で最も美しい」とたたえられたお妃ヘレネを奪われ、その盗人がトロイアの王子だと知ったスパルタのメネラオス王は、怒りに震えて戦争の準備を始める。弟の一大事を知ったアガメムノン王は100隻の軍船をひきつれてやってきた。
そう、「スパルタ vs トロイア」戦争はエーゲ海をはさんだ海戦なのだ。スパルタとしてはここで圧倒的な軍船数をトロイアに見せつけて、一気に勝負をつけたかったにちがいない。

この海戦の総大将はメネラオス王ではなく、アガメムノン王(メネラオス王の兄)である。お妃を奪われた当人ではない。なので少しは冷静に状況を見て「お宅の王子は非道の誘拐犯だ。他国のお妃を奪うとはなにごとだ。速やかにお妃を返せ。さもなくばトロイア王子の非道をギリシア中の王が知ることになろう」と使者に口上させたらよいではないか。

後世の人間としてはそのように疑問に思うのだが、さっさと戦争準備に走るところがギリシア神話のテンポなのだろうか。あるいはこの時代のエーゲ海周辺諸国は(日本の戦国時代みたいなもので)「隙あらば侵略」という感じで、王どもは戦争がしたくてしたくてたまらないのかもしれない。「じつによい口実」とばかりに「非道のトロイアを攻めるぞーっ」と王国内外に訴えたのかもしれない。

【 約束実行の催促 】

さて戦争準備。
前回の魔談で、戦争に突っ走ったのは「メンツをこわされたメネラオス王」と「かつての約束を守らなければならない王たち」だった。……というくだりが出てくる。
「かつての約束?」と、分からなかった人もいるかもしれない。じつはさらにその前の回に出てくる話なのだが、かつてヘレナの美貌に魅せられて「ぜひわが妻に」とスパルタ王に願い出た王やら英雄やらがギリシアにはゴロゴロといるのだ。困ってしまったスパルタ王は「こりゃヘタをしたらこの姫は拉致されるぞ。そうなったら面倒千万なことになるぞ」と心配したに違いない。なにしろ頭上の天界では最高神が女神を拉致するような時代である。

そこでスパルタ王は先手を打つ。「わが妻に」と名乗りを挙げた王やら英雄やらに向かって約束をとりつけたのだ。「もしヘレナが拉致されたら……」とこうである。「諸君は力を合わせて姫を取り戻していただきたい。その約束を守ると誓うなら、姫の嫁ぎ先候補に加えよう」

あなたが(ヘレナの美貌に目がくらんだ)王であれば、この条件は飲みますか?
むろん飲みますよね。「そんな約束などできるか。世界一の美女などいらん」という男はたぶんひとりもいなかったのだろう。かくしてギリシア中の王やら英雄やらはこぞってこの条件を飲み、したがって約束を守らなければならない立場に追いやられた。話としてわかりやすいと言えばわかりやすいのだが、しかしまあ馬鹿げた理由の援軍と言うべきか。

かくして「約束は守らなあかん」と思った王やら英雄やらは軍船をかき集め、ギリシア中から続々とスパルタに集結した。王やら英雄やらは「約束を果す」という(自分勝手な)大義名分があるからいいが、召集を命じられた兵士たちはいったいどういう心境で軍船に乗ったのだろう。他国の姫が拉致されたので、それを取り戻すべく海を渡って戦争?
「アホらしい!そんなんで自分の命をかけられるか!」というのがまともな男の感想じゃないだろうか。

じつは王たちの中にもこの援軍依頼に困惑した男がいた。まあ当然だろう。しかし(若気の至りだったとはいえ)約束は約束だ。
オデュセウスという王もそうだった。そこで彼は画策した。畑に出てロバと牛をひとつのスキにつけて耕した。さらに種の代わりに塩を撒いた。……そう、彼は狂人のフリをしたのだ。

やってきた使者はその様子を見てさぞかしあきれただろうが、オデュセウスの幼い王子を連れてきて、オデュセウスのスキの前に立たせた。するとオデュセウスは王子をよけてスキを動かした。かくしてニセ狂人はあっけなくバレてしまった。

まあしかし感想を述べる気にもならないようなエピソードだ。大阪の芸人がこの話を聞いたらなんと言うだろうか。
「アホらし。もうちっとマシな逃げ方をワシが考えたる」とでも言うだろう。

 つづく 


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