エドガー・アラン・ポー【 黒猫 】(3)

【 木から降りた猿 】

これは「魔談」が追求すべき永遠のテーマだと思うのだが、人はなぜ怖い話を聞きたがるのだろう。もちろん個人差はある。「怖い話?……そんなもの絶対に聞きたくない。死ぬまで聞きたくない。死んでも聞きたくない」という人もいるだろう。特に女性にそうした人が多いように思う。

しかしまた「お化け屋敷に入る客の65%は女性」と聞いて笑ったことがある。なんと男性よりも女性の方が多いというのだ。これはお化け屋敷運営者から聞いた話であり(2016年9月23日から開始した魔談「魔のバイト」でその話をしている)、トータルで200人ほど出口調査をして性別・推定年齢を調べた結果だという。ただし話の流れで聞いただけの数字であり、真偽のほどはわからない。

お化け屋敷は「聞く」のではなく「身をもって体験する」サービスだ。「聞く」よりもさらにハードだと言える。「ここに入ったら必ず怖い思いをする」とわかっていて、入る。しかもお金を払ってでも、入る。異常でもなんでもない。誰でも知ってることだ。しかしなぜわざわざ怖い思いを求めるのか。

「オレの勝手な想像でなんの根拠もないが……」と前置きをしてその理由を考えてくれた友人(出版社勤務)がいる。じつは私は酒の席でこうした疑問をふっかけて目の前で飲んでるヤツらのたわいもない意見を聞くのが好きなのだ。しかしこの友人は酒の席とはいえ「ジョークで人を笑わせて終わり」ではなく大真面目な意見を述べるようなヤツだ。私を含めて4人ほど飲んでいた男たちは「謹聴」といった雰囲気となった。

彼の話はなかなか面白かった。……だからこそ記憶にとどまり、いまこうして回想できるわけだが、「人類がまだ猿であった時代…‥」とこうである。これはもう肩を乗り出して「ほほう!」と聞かないわけにはいかない。
人類がまだ猿であった時代、木の上でも天敵はいた。危険は山ほどあった。しかしあろうことか、一部の猿たちは木から降りて地上に進出した。ありえない冒険と言える。人類の祖先は危険倍増を承知で、地上進出に活路を見出そうとしたのだ。
「……以来、危険という刺激がないと、人類は満足できない。危険のない探検はない」
「なるほど」
「……そうした無意識の葛藤、あえて身の危険を求めるという屈折した願望、天敵消滅後もそれは人類の無意識に残った。それが「怖いもの見たさ」になった」

あなたはこの説、どう思います?

【 明日、死ぬべき身 】

さて本題。黒猫。
この話は「今から告白いたします」といった感じで始まる。じつに興味深いというか巧みさを感じさせるのは、語り手は告白を始めるにあたり「自分は犯罪を犯した」とは一言も言ってないことだ。ただ「自分でさえ自分が経験したことが信じられない」と一種曖昧な説明をした上で「自分は明日、死ぬべき身」と打ち明けている。「黒猫」がどういう話なのか全く知らない人がこの冒頭を読んだら、さぞかし面食らうに違いない。「明日、死ぬべき身?……どういうこと?」とけげんに思った次の瞬間に「……あっ、死刑?」と悟るのだろう。「‥…この人、処刑前日にこの告白を始めたのね」といった状況を理解し、「いったいなにをしたのだこの人は?」と知りたい気分にさせるのだろう。さすがはポー。

さて語り手の回想シーンは少年時代へとさかのぼる。おとなしく、心やさしく、動物が大好きだった少年。両親も様々な動物を飼って与えてくれた。そして結婚。奥さんも動物好きだったので、様々な動物と共に暮らす生活となった。犬、猫、うさぎ、猿、鳥、金魚。まあずいぶん色々な動物と暮らす夫婦があったものだ。

そして「これらの動物たちの中でも、とりわけ私が愛したのは‥…」といった感じで、黒猫(オス)がクローズアップされていく。プルートーという名前も紹介される。美しく、じつに利口で、奥さんはすっかり心を奪われている。「黒猫は魔女が姿を変えたもの」という昔からの言い伝えをよく口にするようになる。

いまこの文章を読んでいるあなたはすでにお気づきかもしれない。……そう、幸福の絶頂を語っているはずのこの話に、微妙に暗い影が忍び寄っているかのようなエピソードだ。……というのも「魔女が姿を変えた黒猫」をもし不幸な目にあわせてしまったらどうなるか、このエピソードそうした不安をさりげなく読者に植え付けているように思うのだが、いかがだろうか。

さらにもうひとつ。プルートーとはなにか。冥界を司る神の名前なのだ。しかしそうした説明は文中に出てこない。なぜこんな名前を黒猫につけたのだろう。その理由も語り手は説明しない。これもまたポーのたくらみかもしれない。この異様な名前に関心を持った読者にさらに不吉な印象を与えようとしたのかもしれない。

【 つづく 】


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