「映画芸術」という雑誌がある。年4回の発行だが、恒例のベストテン選出でワーストテンも選ぶところにこの雑誌の独自性がある(ベストも、その獲得した得点からワーストの得点を減じて集計するユニークなやり方だ)。
他のベストテンでは高い評価が与えられている作品に対しても遠慮会釈なく批判を行うために、発表されるベストテン・ワーストテンが物議を醸したりする。
2008年のキネ旬(キネマ旬報)ベストワンの「おくりびと」がワーストワン、13年の宮崎駿の「風立ちぬ」(キネ旬7位)もワースト2位だった。
今年は珍しく(?)ベストワンがキネ旬と同じ「この世界の片隅に」になった。これに対して、編集長の荒井晴彦氏がある地方映画祭のパンフレットに、「君の名は」や「この世界の片隅に」の批判を行い、支持する客が一番悪いと書いたことから、アニメファン(?)の反発を招き、ツイッターが炎上する騒ぎになったりした。
荒井氏は、本業は脚本家で数々の傑作・秀作を生み出しており監督作も2本ある。今年70歳を迎えるが、まだまだ現役で作品を書き続ける。また、丸くなるということもなく他の作品に対しては本音を言い続け時に関係者と摩擦を起こしている。
「映画芸術」のファンは皆、後ろの編集長のページから読むと言われている(私もそうだ)。本文の記事や特集より、彼の長い身辺雑記、家族のこと、ボヤキ、怒りが率直に綴られているエッセイが誠に面白いからだ。これだけで定価分があるという人も多い。
さて、前置きが長くなったが、荒井氏が脚本を書いた8月末公開予定の作品「幼子われらに生まれ」を配給会社の試写室で見る機会に恵まれた。20年前の重松清原作だが、内容は新鮮だし今の時代性を感じさせる設定なども随所にある。
バツイチ中年同士が結婚し、夫は妻の連れ子である二人の女の子と暮らしているが、妻が妊娠し、小6の姉と夫に不協和音が生まれてくる。姉は元の父親に会いたいと言い出す・・・という家族を巡るストーリーだ。
ありきたりの話のようだが、映画として少しもダレない。特に、2つの家族が交錯してくる後半の展開が面白い。仕事を始めとして、登場人物が結構きつい状況の中で生きているが、見終わると、ヒューマニズムを感じさせ、後味がいい。人間って結構面倒くさく一筋縄では行かないが、でも、人間は本来的にやはり情や優しさを持っていると確信する。
映画としていいのはまず2組の元夫婦を演じる4人の演技のアンサンブルだろうか。元夫婦は、浅野忠信と寺島しのぶ、宮藤官九郎と田中麗奈である。
娘の対応に悩む夫を浅野忠信が演じるが、彼の「素」が出ているような、自然な演技がよく、これまでのベストアクトとさえ思う。また、クドカンも出番はそれほど多くないが佇まいや風貌が役柄にぴったりで、非常に印象深い(ある意味、「儲け役」だ)。
大学の先生役を演じる寺島もいい。彼女が車の中で、何々しなければよかったと後悔の言葉を連ねるが、自分を重ね合わせる人が多いだろう。庶民的で甘えん坊の田中もいい。
子供が3人出てくるが、達者というか、なかなか演技が上手い。これも、女性監督三島有紀子の演出のなせる技だろう。
浅野が暮らす団地は、斜交エレベーターのある不思議な感じ、近未来的な感じを与える団地だ。また、浅野は、アマゾンの倉庫のようなところで、機械にこき使われながら、人間性を失いかねない職場で働いている。今の時代を生きているなあと思わされる。
この映画は今年42回目を迎える湯布院映画祭の最終日、最後に上映される作品だ。好意的な反応を受けて、シンポジウムやパーティが大いに盛り上がることを期待したい。
by 新村豊三
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