白黒スイマーズ 第8章 小さな二人の大きな商売(3)


「阿照(あでり)さん、すみません。わざわざ来てもらっちゃって」

パワーストーン職人の分堀戸ボルル(ふんぼると・ぼるる)は、ヌルイ区の自身の工房まで直接品物を取りに来た阿照に何度も頭を下げ恐縮がっている。同じパワーストーン職人の妹のルトトも、阿照に魚茶を出しながら、兄と一緒に頭を下げた。しかし、阿照は上の空だ。飛べないはずのペンギンだが、比毛の店で鈴子との運命的な出会いをした後からずっと、地上から3センチくらい浮き上がっている気分なのである。

「あうあう、いやいや、いいんです、いいんです。とゆーか、この『ボルル特製・絶対確実!恋愛大成就パワーストーン』の威力はすごい。もう効いています。効いているんですよっ!ボルルさんっ!」

阿照は、唾をペンペンと飛ばしながら興奮して喋ると、ボルルが作った一点物のパワーストーン、灰色のくすんだ小石を愛おしそうにフリッパーの上で転がした。

「名入れもしてありますから」

ボルルはまんざらでもなさそうな表情で、阿照の名前を小さく刻んだ箇所をフリッパーで指した。

「おぉ!」

「恋愛成就したら、このお名前の横にお相手のお名前を彫って差し上げます」

「近々伺います。いや、無理か。そうでもないか。多分、伺えます。伺いたい、すぐにでも。でもダメかも。うーむ、あうあうペンペン……」

的を得ない返答をして、工房を後にした阿照は、手に入れたばかりのパワーストーンをかざすように見ながら、ふわふわとした気分で歩き出した。もう夕方である。ヌルイ区の生ぬるい風が火照った阿照をさらに火照らす。パワーストーンに夢中な阿照は、行きに降り立ったペンギンバスのバス停を通り過ぎてしまった。そして、見知らぬ土地を突き進んでいく。ヌルイ区の住人達が、ゴッカン区に住んでいるはずのアデリーペンギンが、こんな時間に小石を掲げながら朦朧と歩いている姿を不審な目で見ていても、腑抜けの阿照は気にも留めない。次第に人通りもまばらになり、岩でできた家々の地域に入った。

「あれ、阿照ちゃん?」

阿照に声をかけたのは、ヌルイ区在住のイワトビペンギン、ロック岩飛(ろっく・いわとび)であった。経営するライブハウス・フィッシュぼーんに今から遅番出勤するのだ。

「あうあう……あ、岩飛さん……」

阿照は、岩飛をいちべつし、またパワーストーンに視線を戻した。

「阿照ちゃん、どうして、こんなとこいんのよ?」

「あうあう……で、すずこさんが……あうあうだからさ」

「ん?何?なんか用事あんの?そっちから先にずっと進んで行くとペンギンバスが通ってないから帰る時は注意した方がいいぜ」

「あうあう……。大丈夫……すぐに彫ってもらうから……」

岩飛は、阿照の様子を不審に思ったが、もう出勤しなければならない。岩飛は、阿照の後ろ姿を心配そうに見送った。

「阿照ちゃん、なんか瞳が変な形だった。ハート型なような」

漂うように歩いていく阿照の進む先は、緑の山へと続く一本道があるのみであった。

* * *

川音に混じり、大勢の威勢のよい声が飛び交って聞こえてくる。その声がするのは、森の中の川岸にある大きな岩の辺りだ。その大岩の下は、川の一部がせき止められて窪みのようになっていた。その流れが止まった場所の水面全体から白い湯気が間断なく立ち上がる。そして、溜まった水底からは泡が次々と吹き上がっている。何かが湧いているようである。

その窪みに声の主であるペンギン達がいた。皆、ウゴウゴと水中や岸で作業をしている。夕暮れの薄暗い中でうごめく彼らは、小さな体で前のめりに歩きながら作業に勤しんでいた。そう、彼らはコガタペンギン達であった。

「社長、吸込口の取り付けを始めます」

「おぅ、了解だ。……お、携帯電話が充電切れだな。もう使えんから、車に戻しておいてくれ」

「はい!」

社長と呼ばれたのは水道店の古潟(こがた)である。図面を広げながら、水が溜まった窪みの中の小さな岩の上に立ち、水道店の社員達に指揮をとっている。古潟の背後には、川に沿った道があり、その付近には機材や建築素材などが積まれ、小さなトラックも数台駐車していた。

そんな周囲が薄暗くなりかけている中、黒いシルエットが古潟達の声に引き寄せられるように近づいてきていた。しかし、そのシルエットは、トラックや機材などに遮られて見えない上に、最終段階の作業で慌ただしいため、コガタペンギン達は誰一人として気づいていなかった。

「よし、最後の仕上げだ!」

「こっちはOKだ」

「こちらの接続もバッチリペンペンだぞ」

「準備完了だな」

その窪みの湯気の立つ水に、太い水道管が差し入れられていて、ちょうど古潟が立つ小岩の前をその水道管が横切っている。吸込口から数メートルは上部半分が開かれた流しそうめんの管ような状態になっていて、その先は通常の筒状になっている。そして、そのまた先の水道管は、地下に埋まって見えない。ずっと先まで続いているようだ。

「古潟社長、準備できました!」

古潟の前の水道管には仕切板があり、川の水はそれによって水道管の先に流れ込まないようになっていた。古潟はその仕切板にフリッパーを掛け、目の前に集まった水道店の社員達を見回した。その時、例の黒いシルエットが、窪みの水の中に入り込み、徐々に近づいていたのだが、まだ誰も気がついていない。

「おうっ!では、掛け声始め!」

古潟が社員達を鼓舞するように声を張り上げた。

「三!」

「二!」

「一!」

「ペン!」

古潟が仕切板を引き抜いた。白い湯気とともに、川の水が水道管へと引き込まれ、地中に埋められた水道管へと消えて行った。

「わぁー!」

「成功だ!」

歓声があがったその時、先ほどの黒いシルエットは、古潟の背後に近づいていた。そして、ふらふらと前進し続け、古潟の立つ小岩に軽くぶつかった後、古潟にも当たった。

「おっ!」

古潟は、バランスを崩し倒れそうになったが、機敏に体勢を整え、素早く振り向いた。目の前にいたその黒いシルエットは、呆けた顔つきでパワーストーンを見つめ続ける阿照である。

「おいっ!小僧!?なんでここにいる」

古潟が怒号を発した。その声に阿照は、やっと我に返った。正気に返った阿照の目の前には、大勢のコガタペンギン達が何十もの険しい目で自分を見つめている。

「わっ!」

驚いた阿照は、フリッパーにかかげ持っていたパワーストーンを投げだしてしまった。パワーストーンは、水道管の中に落ち、ゆっくりと回転しながら流れ出してゆく。

「あぁぁ、鈴子さん!僕の大切なパワーストーンがっ!」

阿照は、水道管の中に入ろうと必死だが、体が大き過ぎて入ることはできない。阿照がフリッパーを伸ばすと、逃げるようにパワーストーンは転がって流される。阿照が乗っかった水道管は、ギギギと軋んだ音を発した。コガタペンギン達は、わらわらと集まり阿照を壊れそうな水道管から離そうと必死だ。

「鈴子さんっ!」

やっと水道管から阿照が引き剥がされると、水が一気に水道管に流れ込んだ。パワーストーンも加速して流されていく。そして、地中へと続く水道管へと消えていく瞬間、古潟が素早く水道管の上に飛び乗った。

「小僧!」

阿照に一喝した古潟は、

「まかせときなっ!」

と言い、ニヒルに笑うと、大きく息を吸い込み、地中へと続く暗い水道管の中へとパワーストーンを追って消えて行ってしまった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第8章 小さな二人の大きな商売(3)、いかがでしたでしょうか?

あうあうペンペンして危なっかしく、何かやらかしそうだった阿照さんがついに……!!ボルル特製・絶対確実!恋愛大成就パワーストーンと古潟さんを吸い込んだ水道管は一体どこへと続くのか!? 次回、第8章完結です。小さな二人の始めたビッグビジネスが何なのか、1週間じっくり予測してくださいね。噂によると、池袋・ギャラリー路草で開催中の「心しか泊まれないホテルへようこそ ホテル暴風雨展2」会場で配布されるフリーペーパー「おさかな会報」に大ヒントがあるとか! これまでの『白黒スイマーズ』タイトル絵に加えてペンギン新作もペンペンと展示中です。ぜひ会場でゲットしてください。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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