
ホテル暴風雨の10周年記念連載として、8080号室からお届けしていた『デカローグ』。
ポーランドの映画監督クシシェトフ・キェシロフスキによる名作のオマージュでしたが、無事に十戒、もとい十回書き下ろし、終えることができました!
読んで下さった皆様、誠にありがとうございました。
全10話中、「この話が好きだった」とか「印象に残った」など、あったりしますか?
またしても懲りずに、下記にて振り返りのための「読者アンケート」をご用意しておりますので、もしよろしければ、忌憚のないご意見・ご感想をお寄せください。
(回答の締め切りは特に設けていませんが、次回もう一度、振り返りのエッセイをお届けする予定です。その際に紹介できればと思いますので、もし可能であれば8月中にお願いできるとうれしいです)
実はこの連載中に、ある方の訃報を知りました。
2024年、キシェロフスキ監督の『デカローグ』の演劇版が新国立劇場で上演されていました。その際に翻訳を務めておられた、東京外国語大学の久山宏一先生が、奇しくも私の『デカローグ』第5回が公開された2026年7月6日、ご逝去されたとのこと。
『心を紡いで言葉にすれば』第24回でも記したように、私はかつて二度ほど、趣味として、ポーランド語を学びに行ったことがあります。
約10年のブランクを経て、2012年に再びポーランド語を学ぼうと思い立ち、向かった先は、最初に学んだDILA(大学書林語学アカデミー)ではなく、2006年に新しく設立された『東京外国語大学(TUFS)オープンアカデミー』でした。
そして私はそこで、久山先生にポーランド語を習ったのです。
久山先生は、物腰がとても柔らかな先生でした。
そしてその教え方は、私には画期的なものでした。
久山先生は、褒めもしないが、叱りもしない。
多くの語学レッスンがそうであるように、毎週のレッスンは、隔週で日本人の先生の文法の日とネイティブの先生の会話の日があるのですが、とにかく難解なポーランド語。成功の可否は、文法の先生で決まると言っても過言ではありません。
にもかかわらず、概ね教室ではその難解なポーランド語の文法を脇に置いて、とにかく実践を積ませようとする。「(今はまだ)文法なんてわかんなくていいから話してみよう!」的な。まあ、どの言語であれ、ネイティブの子どもは皆そうして言葉を覚えていくのだから、それはそれで間違いではないのでしょう。
実際、以前DILAで習った時も文法よりも会話メインで、隔週ですら来ない文法の先生は、ポーランド語の専門ではなく、スラブ圏の政治学者だったように記憶しています。それゆえか、文法をきっちり学んだ記憶はあまりなく……(私の努力不足&記憶喪失も否めませんが)。
確かに複雑で難解なポーランド語の文法ゆえ、「ちょっと学んでみようかな」ぐらいのモチベーションでは、たぶん続かない。
件の外大のクラスには、見事に毎週、ポーランドの国旗みたいなファッションで来る生徒がいたのですが(上半身は白シャツ、下半身は真っ赤なズボン)、あれくらい「身も心もポーランドになるぞ!」という気合いが入ってないと難しい、のかもしれません。
その大変さを知るからか、私が習ったポーランド語の先生たちは、最初からエンジン全開で文法を指導することはありませんでした。
ところが久山先生は、全く異なりました。地味に熱心なのです。
〝地味に熱心〟というのは、いわゆる熱血指導ではないし、一見すると温度低めで、これまでの先生とも共通する「ポーランド語、難しいですからね」的な諦観モードはあるものの、学びたい気持ちやポーランドそのものに抱く興味はとことん拾い上げる、という意味です。
それゆえか、これまでの先生のように「文法は二の次。また今度ね」みたいな先送りはなく「たとえ今はわからなくても、徹底的に一から丁寧に学びましょう」という姿勢がありました。まあ、これこそが、門前払い効果にもなったりする面も否めませんが……。事実、少しずつ生徒は減っていきました(涙)。
生徒の数もDILAの4倍くらいいるのに、毎回出題する宿題の解答を自身宛てにメールで送るよう促され、実際に送ると、解答の単語数を遥かに超える文字数で、丁寧な添削が記された返信が届きます。
でもその返信には、褒める言葉があるわけでもなく、提出しなかったとて叱られることもありません。
配布されたテキストは、外大のポーランド語専攻の学生も使用しているという、ご自身で作成・簡易製本されたもので、市販されているような絵や色が溢れるものとは全く異なり、A4判で100頁超のちょっとした〝学位論文〟みたいな冊子です。それもなんと、豪華2巻セット!
会話の授業は別のポーランド人の先生が担当しているのですが、それとは別に、その論文のようなテキストを読み上げるポーランド語のみが録音された、自作のCDまで配布して下さいました。よくある会話の音声とは異なり、私のような初心者にはどこ読んでるのかさえ、常に見失うような(涙)。そして配っておきながら「別に聞かなくてもいいです」と言う。
そんな先生の指導に、私も今回こそは!とばかりに、自分なりに熱心に勉強しました。
部屋中にポーランド語の単語を貼って覚えたりもしました。目についたものを、全てポーランド語に置き換える作戦でした。
ちなみに今、その時の成果が残っているのは「oko」だけです(okoとは「目」のことです)。
……いったい、部屋のどこにそれを貼っていたのか、自分に問いたいです。
けれどもやはり、ショパンコンクールに出るとか、仕事でポーランド語を使うとか、ポーランドに旅行するというような、明確な目的がない私(その目的については『心を紡いで言葉にすれば 第24回』で記しています)にとって、ポーランド語の学習を継続し続けるハードルは、あまりに高かった。
だって、格だけで7格もあるんです(主格、生格、与格、対格、造格、前置格、呼格)。
それぞれが変化形を持っています。それもかなり不規則なやつ。
DILAで学んだときは主格と生格ぐらいしか習わなかったので、久山先生から本当は7格もあることを聞き、恐れ慄いた次第です。
そこに人称変化、性による変化などが重なって『活用地獄』っていう言葉さえあるくらい、単語が変化しまくるんです。もはや原形を留めないくらいに!
先ほど私の記憶に留まっている数少ないポーランド語として紹介した「oko」を例にして、google先生に「okoを活用地獄で変化させて」とお願いしたら、このような答えが表示されました。

ちょっと奥さん! okoってば〝トップクラスに恐ろしい変化〟なんですって……(涙)。
英語でも「eye」と「eyes」のように、目を表す場合、両目の表現を用いることも多いので、複数形が存在するのは致し方ないにしても、この変化のありようを見てください。
とりわけ造格! もはや同一の単語であるとは、知らなければ絶対に気づけないレベル。
このように単語が変化しまくってるので、文章中の単語を調べようと辞書を引いても十中八九見つからないんですよ。だって辞書に変化形が載ってない。せめてものヒントとばかりに、語幹を想像するも、皆外れる。「oko」なんて、複数形だと「o」しかないじゃないですか!
そんなわけでして、外大オープンアカデミーの授業が終わると(3カ月で終わる)、またしても遠くに行ってしまったポーランド語……。
でもあの時確かに、私は私なりに熱心に学んでいたのです。家で復習などするくらいに。
こんなふうに、人をやる気にさせる「動機づけ(モチベーション)」。
心理学では、この動機づけには、外からの要因に誘発されて生じるものと、内なる要因に衝き
動かされて生じるものがあります。前者を『外発的動機づけ』、後者を『内発的動機づけ』と呼びます。
よく「私、褒められて伸びるタイプなんです」という人がいます。我が家にも一人います。
その言葉の背景には「だから、私を動かすには、何でもいいから褒めてね」という、ある種の脅迫が含まれていることが多い。「褒めないと、ダメになるからね」というような。
反対に、「私、逆境でしか伸びないタイプなんです」という人もいます。
この言葉の背景には「ストイックな環境を好む、私って頑張り屋さん」という、禁欲主義なる自分への自己満足(およびそのことに対する他者からの賞賛)が含まれている気がします。
一見、全く異なる様に見えるこの二つ。
動機づけの源泉が自分の外にある、という意味で同じです。いずれも、外発的動機づけです。
外発的動機づけは、一時の加速において非常に有効であることが多い。目の前にニンジンをぶら下げられて爆走する馬のように(これ、よく言われるけどホントかな?)、外側にある魅力的な何かに向けて、人は無我夢中になる。
でも、このブーストは所詮一過性のもの。
星のきらめきが消えたら、無敵マリオはただのマリオになるように。
それに対して、春の土手に生える土筆はたぶん、褒められたくて伸びるわけでも、自己満足のために伸びるわけでもない。ぐんぐん伸びるのが楽しくて、その先の景色が見たくて、育つ。あるいは、より遠くへ花粉を飛ばすために、伸びる。
気持ちが自分の中から湧いてくる。内発的な動機づけです。
行動の源泉が自らの内にある場合、気持ちが枯渇しない限り、マリオの星のように消えたりはしない。無敵は無敵のまま。「好きな気持ち」や「知りたい気持ち」が、自分自身を引っぱり上げてくれる。
だからこそ、褒めることや叱ることは、その気持ちを奪い取ってしまう、麻薬のようなものなのかもしれません。好きや知りたいというその人自身の内なる原動力は、褒められたいとか叱られたくないという誘発力に、上書きされてしまう。
だとしたら、褒めることも叱ることもしないほうがいい。
それは、何かを「学ぶ」とか「究める」ということに限定されるかもしれませんが。
とはいえ、学ぶ側はそれらを欲しいし、教える側もついそれらを与えようとしがちです。「褒めも叱りもしない」というのは、相手のモチベーションの在り様にそもそも興味がない、ということでもない限り、なかなかできることではないと思います。
久山先生は、褒める代わりに、私の中にあるポーランドへの熱を思い出させてくれました。
文法の恐怖以上に、先生が授業の合間に時々口にする単語に、私はドキドキしていました。
ポーランド語を学ぶずっと前、ただポーランドのことが知りたくて調べた人や作品たち。
ポーランドの暮らしが綴られた『ワルシャワ貧乏物語』や『ワルシャワ猫物語』の作者の工藤久代さん、ご主人のポーランド文学者の工藤幸雄さん。DILAで机を並べた、ポーランド映画に造詣の深い、映画評論家の和久本みさ子さん。私がポーランド語を学ぶきっかけにもなった、アンジェイ・ワイダやクシシェトフ・キェシロフスキ。
彼らの名が作品が、先生の口からまるで友人の話をするように、次々と出てくる。その度に私は、本を読み映画を観て抱いた、あの「知りたい」という気持ちを思い出していました。
後から知りました。実は久山先生のご専門は、ポーランド映画(芸術)。
この夏も、7月3日から毎週金曜3回、TUFSオープンアカデミーで『生誕100周年記念・ポーランドの芸術家アンジェイ・ワイダの世界』という講座を開講されることになっていたようです。残念ながらそれは叶いませんでした。(この原稿を書いていた頃にはサイトがあったのですが、8月10日現在、リンクが切れてしまっていました。とても興味深いテーマでした)
己の怠慢から、またしても道半ばで頓挫してしまい、その罪悪感からポーランドを遠ざけてしまっていたけれど、あれからも先生は、こんな魅力的な講座を開いておられたのですね。
ポーランド語ではなく、こうした講座であれば、もっと気軽に受講して、先生ともお話ができたのかもしれないと思うと、返す返すも自らの愚かさを悔いるばかりです。
ポーランド映画への招待–監督列伝
ポーランド映画への招待――監督列伝(続)
二つめの(続)では、なななんと! キシェロフスキの『デカローグ』が取り上げられていました!! 受講したかったです!!! 後悔先に立たず(涙)。
久山先生、その節は本当にありがとうございました。
久山宏一先生のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
Dziękuję bardzo.
Żegnaj, profesor Kuyama.
(by 大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
ポーランド語の難しさを峰歩さんから学習中リアルタイムで聞いていた私も、ここまでとは思いませんでした。格変化の鬼ぶりにびっくりしたり、久山先生のじっくりと知識欲があたたまるような講義を想像したり、言葉を学ぶって、ドラマですね。
『デカローグ』の読者アンケートもぜひ、ご参加ください。(メールアドレス含め、ご回答以外の情報は何ら収集しない気軽なものです。ポチポチポチっと、ぜひ!)
「ポーランド映画」「久山宏一先生」などのワードで初めていらした方もいらっしゃるかもしれません。ようこそおいでくださいました。
ポーランドの巨匠・クシシェトフ・キェシロフスキ監督の『デカローグ』リスペクト作品、大日向峰歩作『デカローグ』(くわしくは連載予告のエッセイを)もぜひ、読んでみてください。舞台は現代日本の連作短編で、すぐ読めてどこから読んでもすぐ面白いです。
↓1話から読むのもよし、お好きな番号からでもよし!↓
第1話 同担でもいいから
第2話 廃線希望
第3話 そっちはいいんかい!
第4話 年中無休
第5話 親ガチャ、子ガチャ
第6話 森のクマさん
第7話 ヤドカリの定住
第8話 緑のプール
第9話 穴熊大明神
第10話 赤鬼青鬼
読み終わったらぜひ読者アンケートもお願いします
期限はありませんが、次回のエッセイでご紹介したいのでもしできれば8月中にお送りください。次回、『デカローグ』まとめ第2回エッセイです。どうぞお楽しみに。
最後に、久山宏一先生のご冥福をお祈りいたします。お会いしたことのない私までも、言葉という文化を伝えることへの静かな情熱に胸打たれました。ありがとうございました。
作者へのメッセージ、「ホテル暴風雨」へのご意見、ご感想などはこちらのメールフォームにてお待ちしております。