【善財くんがゆく!】第七話 善財くん、世界の広さを知る:第一の善知識・徳雲比丘 (3)

善財は、
しばらく言葉を失っていた。

山の空気は静かだった。

風が吹き抜けるたび、
木々がざわりと揺れる。

だが、
徳雲の周囲だけは、
どこか空気の密度が違うように感じられた。

いや――

違って見えているのは、
自分の方なのかもしれない。

善財は恐る恐る尋ねた。

「徳雲さまには……
その、“仏たち”が、
今も見えているんですか?」

「見えとるぞ」

徳雲はあっさり答えた。

「今も、
あちこちで説法しとる」

「……どこでです?」

「どこでも」

即答だった。

善財は黙る。

徳雲は笑った。

「困っとるな」

「はい」

「よし。
なら少しだけ見せてやろう」

徳雲はそう言うと、
善財の額へ指を向けた。

だが、
触れはしない。

ほんの少し、
空中で止める。

その瞬間だった。

世界が――揺れた。

善財は思わず息を呑む。

山の景色が、
一瞬だけ薄くなった。

いや。

薄くなったのではない。

“重なった”。

見知らぬ空。

見知らぬ雲。

見知らぬ大地。

金色の光に満ちた世界。

炎のような夕焼けに染まった世界。

花びらが空を埋め尽くす世界。

無数の景色が、
半透明のまま幾重にも重なり、
一瞬だけ善財の視界へ流れ込んできた。

そして――

声。

無数の声。

老人の声。

女の声。

若者の声。

低い声。

澄んだ声。

優しい声。

厳しい声。

それらが同時に響く。

まるで世界そのものが、
一斉に何かを語り始めたようだった。

善財は耐え切れず、
その場に膝をついた。

「うっ……!」

頭が割れそうだった。

徳雲はすぐに指を引っ込める。

すると、
景色は元に戻った。

山。

風。

木々。

いつもの世界だった。

善財は肩で息をする。

全身に汗をかいていた。

徳雲は、
少し申し訳なさそうに頭をかいた。

「あー……
すまんすまん。
ちょっと多すぎたか」

「い、今のは……」

善財は息を整えながら呟く。

徳雲は空を見上げた。

「仏たちの世界じゃ」

まるで、
「今日は良い天気だ」
とでも言うような口調だった。

善財は震える声で言う。

「こんなものを……
ずっと見ているんですか?」

「うむ」

徳雲は頷く。

「だから忙しい」

善財は思わず叫んだ。

「忙しいどころじゃないでしょう!?」

徳雲は大笑いした。

山に笑い声が響く。

だが次の瞬間、
徳雲はふっと真顔になった。

「だがな、少年」

その声音は、
今までで最も静かだった。

「世界が広いということは――」

徳雲は、
どこか遠くを見る。

「救いの道もまた、
無数にあるということじゃ」

風が吹いた。

木々が揺れる。

徳雲の衣の裾が、
静かにはためいた。

「おぬしは、
“たったひとつの正解”を探してここへ来た」

善財は黙って聞いている。

「だが、
仏たちは皆、
違う言葉で、
違う姿で、
違う場所から人を導いておる」

徳雲は笑った。

「面白い世界じゃろう?」


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