別訳【夢中問答集】第十七問 政治と宗教は分離すべき? 1/3話

足利直義:なるほど・・・ ところで、それはそれとして、世間では「政治家が宗教にハマるとろくなことにならない。仏教にのめり込んでいる連中などが政権を取っているから、世の中がなかなか治まらないのだ!」などと言う人たちがいるのですが、これについてはどうお考えでしょうか?

夢窓国師:「仏教には「カンチガイ野郎の宗教活動は三生に禍根を残す」という言葉がある。

自分では善いことをしているつもりなもんだから、一切反省することなくカンチガイしたまま人生が終わってしまう。なんとも残念なことじゃ。これがまず、第一生の禍根。

なまじな善行をしたものだから、今度は裕福な権力者の家に生まれ変わったりする。そうなったが最後、もうカンチガイ街道まっしぐらじゃ。たとえ根が悪いヤツでなかったとしても、あれこれと仕事や世間づきあいに忙殺されてしまい、死ぬまでカンチガイに気づくヒマがない。なんとも残念なことじゃ。これがつまり、第二生の禍根。

さぁ、第一生で蓄積した善行の報いは、第二生で全部使い切ってしまった。従って、第三生は必ずや残念なことになる。これが「三生の禍根」というヤツじゃ。

まぁ、題謂経とかには、「カンチガイがヒドい連中には、禍根が残りそうな宗教活動でもよいからさせておけ」と書かれたりしておるが、これはつまり、「善いことをすれば善い報いが得られる」ということをまず体感させ、その後にちょっとづつ正しい方向に導きなさいという意味じゃ。

今の世の中の有様は確かにヒドいので、カタチばかりの善行でも充分に有り難いということもあるじゃろう。

それならそれで、折角やるのだから、三生に禍根が残らないようにやってもらいたいと思うばかりじゃ。

・・・しかしまぁ、、先にも言ったような気もするが、俗物根性を引きずりながらやることは、どんなに善いことのように見えても結局ぐだぐだな結果しか出せないのじゃよ。

天台大師は、かつて修行の段階を六つに分けた上でこうおっしゃった。

「『悟りを得た』状態がスタート地点。
二級に進むまではお経を読むことも他人に説教することも禁止。
三級に進んだら、ちょっとぐらいは人の世話を焼いてもOK。
四級に進んだら、呼ばれて講師を務めてもOK。
五級以降は、自分から積極的に営業してOK」

「碧巌録」で有名な圜悟和尚も、やはり「まず俗物根性を捨てなさい」とおっしゃっている。
根性が座らない限り、どんな宗教活動も結局は維摩のオッサンが嫌った「愛見の大悲」に陥ってしまうのじゃ。

さて、質問に戻るが、宗教活動批判をする連中が、そういった意味で苦言を呈してくれているというのであれば、それは実にもっともな忠言じゃ。

しかし、「宗教活動なんて意味ないからやめちまって、世俗の活動に専念して欲しい」などという考えなのだとすれば、これはトンデモナイことじゃ!

悪魔に憑りつかれているといってもよいぐらいじゃ。

―――――つづく


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