こんにちは。創作文章をこちらのページに掲載するのは久しぶりになってしまいましたが、その後も黙々と文章を書き、絵を描いています。
さて、絵と文といえば私は「ホテル暴風雨 絵画文芸部」の一員です。これは絵を描きかつ文章を書く人々(絵文人と命名して広めようとしているところです。広まるものかどうかは読んでくださっているみなさま次第)によって結成された部でして、「紙の本を作って文学フリマに出店する」のを主な活動とする予定でした。
しかし、2冊目の本を出そうかという矢先にやってきたこのコロナ禍。どうしようかと相談した結果、打ち合わせはリモート、文学フリマには出ずにAmazon PODというシステムで本を出版し、ネット書店Amazonで販売するということに決まり、昨11月に無事出版することができました。それがこちらの本『五つの色の物語』です!
「絵文人」にとって身近なテーマでありツールである「色」をお題として一人一編、短編小説を書き、挿絵を描き、各自のページのデザインも自分でやるというのが今回の趣向。私は<青の物語>を書きました。簡単に言うと「きのこ少女の恋と冒険」的な遠未来終末SFファンタジー、いえやっぱりそれほど簡単には言えない、変な話です。
では、冒頭部をどうぞ。
「はじめの青い海」 斎藤雨梟
目に入るすべてが青い色。どちらを向いても、視線の届く果てまでも。といっても、体の下の小さな筏を見なければの話だ。水といえば何滴と数えることしか知らない、ひどく貴重なものだったが、こうまで大量の水の上に浮かぶのが、悪夢に近い恐怖だとも知らなかった。だから下を向けば間近に迫る水、と同時に私たちの震える爪先も見ることになる。だが、青一色の世界は目をとらえてひたすら遠くへ向けさせた。この一面の青が空と水の色だとは、まだ信じられない。群れの人々に見せたら皆どれだけ驚くことか。伝え聞く太古の「薄明薄暮の空」を思わせる穏やかな青。それでいて妙に目に残る、むしろ引っかかると言いたい鮮やかさを潜めている。戸惑うような怖いような、こんな感覚を何と言うのだったか。いっこうに思い出せず、むやみに記憶のほころびを弄んでいると、
「毒といえば何色を連想する?」
不意に尋ねられてようやくわかった。そう、毒だ。私の一族が心の奥底に封印しがちな言葉、しかし決して忘れず悲しい誇りのように持ち続けるもの。
この青の、優しげでいて鋭いものを秘めたような美は、どこか毒々しいのだった。
そう腑に落ちて、改めて瑠璃が口にした毒という言葉を噛み締めると、試されているようでいい気はしない。滅多にないめぐり逢いの喜びに水を差された気分だった。命を助けてくれた瑠璃に対して随分な言い分だし、その命の危機はまったく去っていないのだから、甘いことを言っている場合でないのもわかっている。だがなぜ今そんな話を、と気持が沈みゆくのをどうにもできないのも事実だ。
「青、かな」
瑠璃の心を図りかねて、視界を埋めつくす色をただ平坦に声になおした。私たちは出会ったばかりだが、同じ種族の者ならば、言うまでもなく赤、そう、私の髪の色を、毒の色として警戒するものではないか。とはいえ別に、赤という答を避けて、知らないふりを通そうとしたのでもない。毒があると知れば態度を変える人もいるから気をつけろ、と厳しく教えられた記憶はうっすらとある。だが私自身、毒を恥とは思わない上、瑠璃にならば知られても構わないと、思えば初めから心を許していたのだ。だからこそ、探りを入れるような言葉に意外なほど傷つき、意趣返しめいた気持で、青、と瑠璃の髪の色を答えたという方が、幾分正しい。
だが瑠璃は遠くを見たまま、
「そうなんだ。私は赤」と、さらりと言い、
「青はどんな青? 瑠璃色かな」
と続ける。瑠璃自身を思わせる色を口に出すのはわざとなのか、取り澄ました幼顔からはさっぱり読み取れない。
「それって、瑠璃の髪みたいな色?」
ささくれ立った気分で尋ねたが、
「ううん、これは紺青色」
眉一つ動かさずに返され、ひとりずもうが悔しくなる。だが、逸らそうとした目が、瑠璃の瞳の奥に、押し殺してもなお浮かびくる好奇心の光を見つけて、そのまま動けなくなる。漆黒にひとしずくぼかした、月長石のような淡い光。
「瑠璃色はね、少し赤みのある、紫がかった青なの。紺青色はもっと真っ青。私の髪と、この海みたいに」
「うみ? これって湖じゃないの」
「アーニャはそう習ったんだ」
瑠璃の指摘で、今置かれた厳しい状況に心は戻され、図らずも小さな一歩を進められたと気づいた。
「ああ、そうか。ひとつ記憶を取り戻したんだね、私」
つい、青の世界への驚愕、そして瑠璃に出会えた喜びにばかり浸りがちな自分を戒める。
それにしても瑠璃は驚くほど冷静だ。自分だって記憶の薄れた身一つで見知らぬ場所に放り出され、不安なはずなのに。
――――つづく
続きは『五つの色の物語』(ホテル暴風雨絵画文芸部)でご覧ください。
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