無人島妄想 「雨天実験塔」に斎藤雨梟作『N生児の星』連載開始のお知らせ

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo こんにちは。ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

 みなさま、小説を読むのはお好きですか。好きだという方、どうして「小説」という形式が良いのでしょう? 何のために読むのでしょう? そしてご自身でも小説を書くという方は、どうして他の形式ではなく「小説」を、何のために書くのでしょう?

 私は何を隠そう本を読むのが大好きで、日頃時間の多くを費やす、最大の趣味と言えます。ノンフィクション、エッセイ、科学系の解説書など小説以外も読みますが、物語性の強い創作、つまりは小説がやはり好きです。しかしそれでも、物語ならば映画でもテレビでも舞台でも朗読でもいいのに、どうして文字を読む形式が特に好きなのか、実はよくわからず、わからないから考えはします。

 まずは物語の書かれた本の、情報としてのコンパクトさが良いです。電子データにしてしまえば、一編の小説は何KBかに収まってしまいます。それを紙にインクで印刷するのは、考えてみれば今時分大変な贅沢ですが、それでも「源氏物語」クラスの長さでなければ片手で持てる範囲でしょう。紙の本が一番ですが、電子書籍をeインクの専用端末で読むのも最近は好きです。

 コンパクトな中に、そこから始まりその中で完結するという完備性がある。それでいて再読すれば、少しだけ変化した自分が読むのだから新しい物語が始まり、その始まりはいつも外部にわずかに開いています。自分の手の中にある情報に、いざアクセスすれば五感すべてを傾けることになり、むしろ自分が物語の中に包まれていると感じさえする。その瞬間、物語と読者との間は、とてもプライベートで対等な「一対一」の関係にあります。この関係は本と読者のものであって、作者と読者のものとは少し違いますが、本はひとりで読むもので、また作者もひとりで孤独に書くもの。そういうところもいいのかもしれません。

 生の経験とは遠い、文字だけで表現されているところも特徴です。小説のこの点を「想像力を働かせる余地がある」と評価するのをよく見かけて、それもそうかな、と納得しかける反面、想像力なんてどんな局面でも、例えば生の体験の最中にも働くもので、想像力を伴わない楽しみなんてどこにもないんじゃないのかなあと、「想像力」云々とわざわざ語る人や言葉にありがちな雑駁さへの反感も手伝って、感じます。

 読書の楽しみの一つが「言葉で描かれたものを自分の身体で再生する喜び」には違いないのですが、それは想像力とイコールでしょうか。読書における「再生力」は、生きていれば常時稼働している「想像力」の一種かもしれませんが、中でも特殊な性質を持つように思います。私の思う「再生力」とは、たとえば迷路を目にして思いつくゴールまでの道順。ぐちゃぐちゃに絡み合った糸を見て頭に浮かぶ、それらをほぐす手順。食べたことのない食べ物の話を聞いて推測する、「見た目」「味」「匂い」の組み合わせ、のようなものです。文字といういわば特殊な暗号解読に特化した、それらを復号する推理力。物語に仕掛けられた謎を自分の感覚を駆使して解くという楽しみが読書にはあります。科学論文などを読むにもその推理力は必須ですが、創作の物語であれば、何通りの正解があるかもわからない(ないかもしれない!)パズル的な楽しみが増すというものです。

 こうしてあれこれ考えてはみるのですが、列挙してみてもなぜ「本」がいいのか? と深く納得させる決定打はなかなか出ません。

 ところで、「無人島に一つだけ持って行くならば何にする?」または「無人島に一冊だけ本を持って行くならばどの本にする?」という質問をされたり、目にしたりしたことはないでしょうか。私にとってこの質問はかなりワクワクするもので、なぜ本が好きなのか? には、もはや「無人島に持って行きたいものだから」という円環した回答をすればいい気がしてしまうのです。

 無人島で本を読む。
 もちろん、実際無人島に漂着したらそれどころではないに決まっているのですが、妄想としては最上級に楽しいものです。小説は、人界から隔絶された世界でこそ輝く、仮想世界を組み立てるピースではないでしょうか。無人島に行かずとも、本をひとりで読む時点でその瞬間は人界から軽く隔絶されてはいますが、もし無人島に行ったら是非本を読みたい。

 では無人島に持って行くならばどの本にするか? もちろん即答できるんだろうな、と思われたでしょうか。これが私にはできません。無人島で繰り返し繰り返し読み続けたいような物語こそ理想の本には違いないのですが、まだその理想には出会っていないからです。

 そして実はこれが私が「書きたい」理由でもあります。無人島に持って行く本がないから自分で書いてみたい。ついでに、「無人島で書く」というのもなかなかそそられる妄想ではあります。

 以上のように、書きたい理由が大変自己完結していること、それがこれまで、「妄想画文家」などと自称しながら、創作系の文章をお目にかけようとしてこなかった理由です。

 私はかなり社会性の低いタイプの人間ではありますが、「これは面白いから誰かに見せたい」「これは喜んでもらえそうだ」という動機でものを作ることはあります。これまでのホテル暴風雨の活動は、これぞと思う方に書いてもらったものを紹介し広めるというのも含め、だいたいそうした動機で行ってきたことです。その他、仕事として作るならばもちろん、極力期待されたことに合致するよう努力します。ですが、こと創作の文章に関しては、どうもそうした流儀に乗せるのが困難なほど、動機の根本が違うと感じてきました。言葉という、文化を共有する人がいてこそのツールで制作するものでありながら、不思議なことです。

「作品はたくさんの人の目に触れさせることが大事」とよく言います。ある前提を受け入れればそれは概ね真でしょう。何のために大事なのかというと、人にどう伝わるかのフィードバックを受けるためだったり、作品そのものの(他者から見た一般的な)クオリティを上げるためだったり、そもそも人目に触れさせることが目的なので当然だったりする。つまり前提として、「何かを他者に伝えるために作っている」から成り立つ理屈です。となると、伝えたい強い思いがあるならば結構だけれど、自分のために書いておきながら、人に読んでもらおうだの、あわよくば何か言ってもらおうだのというのは、どういう了見だコラ、と自分に問いたい気持ちが今も払拭できません。

 ただ、「無人島へ持って行きたいこの一編」が急に書けるわけでもないけれど、もしかして私の面白いと思うものを同じく面白いと感じる人がいるならばそこへ届くといいと、なぜか年を経て少しずつ思えてきました。

 言葉を変えると、この世のどこか、私の脳内以外にも浮遊しているだろう「無人島願望」や「無人島妄想」への興味が湧いたのです。遅ればせながら、無人島に持って行く本だけでなく、無人島そのものの豊饒の可能性に気づいたと言いましょうか。孤高の無人島とそのオーナーたちに向けて、何かをしてみたくなりました。そしてその手段としては、SNSで呟いたり、瓶に手紙を入れて流すより、私自身の無人島願望の結晶のような文章を、こっそりどこかに置いておくのが最もふさわしいと思うのです。

 よって試みに、無人島妄想の産物をここに公開してみようと企んだ次第です。

 というわけで、ホテル暴風雨、2020号室・黒沢秀樹さん「Little Child ~だいじょうぶ、父さんも生まれたて」に引き続き今年2度目の、新しいお部屋公開のお知らせです。

 それがこちらの「雨天実験塔」、何を隠そうオーナーの私が引きこもってやりたい放題、夜な夜な怪しい実験を繰り広げ、マッドサイエンティストとしての顔を見せる恐ろしい実験室……ではなく、上記の通り、これまであまり公開してこなかった創作文章をお見せしようという試みの場です。

 長い長い前置きはここまで。来週、3月10日から、幻想SF小説『N生児の星』を10回に渡って連載します。

 舞台は地球も人類も今とは随分ありようを変えてしまった未来。人々に恐れられるほどの人工臓器作りの名手、剣崎顯。彼女はなぜ臓器を作るのか? 突然訪ねてくる怪しい客は何者なのか? 人類は滅びに向かうのか?

 火曜日に更新します。

 よければおつきあいくださいませ。あなただけの無人島に植えてみたい草の一本でも見つかれば光栄、それは私の密かな希望になるでしょう。

 ところで、「ホテル暴風雨」のコンテンツ、お楽しみいただけていますでしょうか。ご意見、ご感想、作者へのメッセージなどがあれば、何でも構いません、ぜひこちらのコンタクトフォームからお寄せください。

 また、この「雨天実験塔」では、長期滞在のお客様の客室、つまり他の連載のページでいきなりは試せない、仕様上の実験もしていく予定です。「このページは見えかたが変だ」などの点でもお気付きのことがあれば、お知らせいただければ大変嬉しいです。例えばこのページでは、まだ少なくとも一部環境では不安定なためホテル暴風雨では使用を控えてきた新しいWordpressのエディタを使っています。よって、「行頭一字下げ」になっている(段落のはじめに一文字ぶんのスペースがあいている)はずなのですが、そのように見えているでしょうか?

 そして、もしこれは面白かった、役立った、という記事があれば、記事下のSNSシェアボタンなどで、シェアしていただけるともれなく一同大喜びします。みなさまのお力で育つサイトです。どうぞよろしくお願いいたします。

 最後になりましたが、初めてここへいらっしゃった方、はじめまして!「ホテル暴風雨」は、様々なお部屋をご用意したホテル型webマガジンです。各お部屋にて、エッセイ・マンガ・小説などを執筆・公開中です。ぜひご覧ください。<連載のご案内>


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